2026年7月23日

セレブリティ・エイペックスで夕陽の日食観測
サウサンプトンからスペイン・ポルトガル・フランスへ(2026年7-8月)

2026年7月から8月は、人生最長の約一カ月の旅行でヨーロッパへ。

ロンドンからサウザンプトンに行き、セレブリティ・エイペックスのスペイン・ポルトガル・フランスを巡るクルーズに23日間の連続乗船。
クルーズのハイライトは、2026年8月12日に北スペイン沖(ビスケー湾)から見る皆既日食だった。

もともとは7月下旬に9泊で巡るスペイン北部とポルトガルクルーズを予約し、船や港を変えて別のエリアに行こうと思っていたのだけど、なかなかうまい組み合わせができない。それなら、同じ船に乗り続けちゃおうかーと 2連続クルーズ、いわゆるBack to Back (正式にはconsecutive cruise)に挑戦することにした。

日本の猛暑を脱出するために、毎年夏は長期で涼しいところに行きたいと思っている私であるが、コロナ以降ワーケーションという便利な言葉もできた。そうそうまさにこれ。お仕事道具一式持って、船上にオフィスを移すのだ。さて、人生第1回目はどうだったのか。毎年続けることができるのか。自分でも考えながら、この頁綴っていきます。
📌 目次
1 このクルーズを選んだ理由 ■ 夏のヨーロッパの気温と準備すべき服装 2 いよいよ乗船!サウサンプトンから出航 + お部屋比較 ■ とってもスムーズだった連続乗船-Back to Back ■ そしてエリートメンバーに! 3 セレブリティ・エイペックスの船内 ■ エデンのショーを仕切る人 4 レストランとお食事 ■ 4か所のメインダイニングを順番に ■ アクアクラスのレストランBlu ■ ル・ビストロでランチ ■ エデンレストランでディナー ■ 夏のクルーズならではのオープンデッキ 5 そして、ショーと音楽を楽しむ夜が始まる ■ 上を向いて歩こう 6 寄港地:ポルトガル・スペイン・フランス 7 いよいよ夕陽の日食観測 🌒🌅 8 ロンドン+サウサンプトン前後泊 ■ 東京からまずはロンドンへ ■ クルーズの前日サウサンプトンへ ■ 下船後は再びロンドン 9 そして旅が終わった

1 このクルーズを選んだ理由

なにせ食いしん坊の私たちだ。スペインの北のほうにミシュランの星のレストランが集まっていると聞けば、その地方に行ってみたくなるではないか。
飛行機と陸路ではなかなか行くのが大変なエリアだけど、サウザンプトン発着の船ならば、スペインの北に加えてポルトガルのリスボンやフランスのルアーブルに行く旅程がある。
サウザンプトンの港ならば、日本から直行便で行けるロンドン(ヒースロー)からシャトルも豊富に出ている。
バルセロナやローマ発着の地中海クルーズよりは、ちょっとは涼しいかも。そんなお気楽な理由から今回の旅程は選ばれた。 そして船は大好きなセレブリティの最新型、セレブリティ・エイペックス(2020年就航 13万トン)。
「港でこの船を見つけるのは簡単だ。青と白の美しい船体の中央に、オレンジのマジックカーペットのレールが際立っているから。乗船すればさらに驚かされる。洗練された船内の至る所にオブジェが置かれ、まるでモダンアートの美術館のよう。(後略)」(るるぶクルーズのすべてに私が書いたセレブリティの記事より抜粋>>読んでね!)

1周目は7月23日から9泊で、ヴィーゴ、リスボン、ポルト、ラ・コルーニャ、ビルバオ、ル・アーブルに寄港。

8月1日にサウサンプトンへ戻っても下船せず、そのまま14泊の2周目へ。ポルト、リスボンをもう一度訪れ、地中海に入って マヨルカ、バルセロナ、イビザ、マラガへ。
そして 8月12日に北スペインのラ・コルーニャに戻って夕方は日食観測。そしてビルバオと終日航海日を経てサウザンプトンで下船。

同じ船に23泊もするのは、生涯最長だ。もう永遠に続くものだと思っていた。でもそうではないのだということも、人生で初めて知った。
■ 夏のヨーロッパの気温と準備すべき服装

この夏にヨーロッパに行くと言うと暑いんでしょうとみんなに心配された。確かに報道では気温が40度近いとか、死者が何千人も出ているなどとニュースになっていた。
実際は日なたに長時間いなければ命に関わるということはなさそうだった。(日食の日はいたけど。。。)そしてヨーロッパの夏の湿度は日本とはだいぶ違いかなり低い。日向に居てクラクラしてきたら日陰に逃げ込めばいいのだ。風がすうと吹き汗が引いていく。まるで灼熱地獄から天国に来たみたいな心地よさだった。

そして要注意なのは、日暮れ後の気温。ガクンと下がりロンドンでは15度以下になったことも。この低い気温が翌日の昼ぐらいまで続くので、薄着しか持っていなかったG(夫)は震えあがり、ユニクロLondonでウールのセーターを高い高いポンド価格で買うはめになった。ユニクロのセーターなんて家に何枚もあるのに!!

船内もかなり寒かった。特にシアター。寒い中1時間近くじっと座っていると、ショーに夢中でも終わり頃には体はかなり冷えている。私は着物を着ているので帯で温かいけれど、Gは夏用の薄いズボンだとおしっこが近くなって困ると、途中の港近くのスーパーでロングジョンを買って履いていた。ロングジョンとはさてなんでしょう。実はモモヒキのことです。私も初めて知ったよ。

2 いよいよ乗船!サウサンプトンから出航

サウサンプトンにはいくつもクルーズターミナルがあるけれど、セレブリティはホリデイインVOCOホテル(上の写真の右側の白い建物)や、私たちが前泊したグランドハーバーホテルから近い「ホライゾンクルーズターミナル」から出発することが多い。(下船はホテルにもっと近い「シティクルーズターミナル」に変更になったのでいつも同じというわけではない。) ホテルからトランク2つと、その上にそれぞれ大きなボストンとリュックを括り付け、ゴロゴロ押してクルーズターミナルへ。(影もなく暑かったー) 20分ほどでターミナル入り口に到着。 予約していたチェックイン時間は11時半だったけれども、待つことなく進めて、セキュリティチェックもチェックインも順調。お昼前にはもう部屋に入ることができた。
2連続クルーズの一周目は6階のインフィニットベランダ。今回初めて、部屋番号は指定できないけれどだいぶお得な「ギャランティ価格」での予約だった。それで割り振られたお部屋がこの6237号室。 船会社の確認書には視界不良0%と書いてあったのに、下を見るとテンダーボートの屋根がドカン。
これには少々ショックを受けた。せっかく海面に近い6階で、波頭がよく見えていいなあと思っていたのに。 遠くの景色を撮るには関係なかったし、下にすぐテンダーボートの屋根があるから窓から落っこちても携帯を落としても大丈夫と思えば安心だ。
部屋に電気ケトルが置いてあったのは嬉しかった。セレブリティでこれが部屋に置いてあったのは初めて。そして部屋に無くてもリクエストすれば持ってきてもらえることも、2周目で知った。
今まではこっそり自分のを持ち込んでいた。時には見つかって没収された。(下船日には返してもらえる) あの戦いは何だったのだろう。

船内をウロウロし、オーシャンビューカフェの船尾のテラス席でサウザンプトンの風に吹かれながらランチを食べ、部屋に戻ってさあ荷開け。
ところがGの荷物の大半が入ったスーツケースがひとつ、なかなか届かなくてGイライラ。廊下をウロウロしたり前泊4泊分の洗濯(担当G)をしたりしながら待っていたら、お部屋係のインド人のニキル君が、「あったよ」と大汗をかきながら持ってきてくれた。ありがとう!
その時にはもう部屋はすっかりこんないつもの状態。
せっかくのインフィニットベランダにはずらりと洗濯物が並び、デスクやチェストの上にはぎっちりとPCやモニターが並んでいる。 あーあ。

2周目、アクアクラスへ

9泊の1周目が終わったら、9階のアクアクラスのお部屋に移動。もともとは一周目と同じギャランティで予約していたのだけれど、プライスマッチでアクアクラスにアップグレードできたのだ。 2026年夏のクルーズは、2026年2月に始まったトランプのイラン戦争の影響か、けっこう部屋が残り気味だった。6月くらいの「60日間の覚書で和平交渉が始まる」のニュースで一転世界は安心モードに。値下がりしていた部屋はあっという間に埋まったのだった。(その後の展開はご存知の通りだけれど、もう部屋が空くことも値下がりもなかった。)
今度のお部屋はベッドが海側にあってソファーやデスクやチェストはドア側にある。どっちがいいかは好き好きと思うけど、それぞれいい点があって私はどっちも好き!!
例えばベッドが海側にあれば朝陽と共に目を覚ましやすいし、デスクスペースは直射日光が当たりにくくて仕事しやすい。
ベッドが入り口側にあれば、インフィニットベランダとソファースペースを繋げた広い空間でくつろげる。でもクローゼットの前にベッドがあるので、服を出したり着替えたりは少々窮屈だ。
お部屋の広さは同じだけど、アクアクラスはシャワーがゴージャスだったりヨガマットが置いてあったり1日二本お水が届いたりスパークリングワインが一本ついたり。普通のインフィニティベランダよりちょこちょことおまけが多くなっている。

アクアクラスのシャワーの使い方は、ちゃんとキャビンアテンダントに聞いておいたほうがいい。最初に「使い方説明しようか?」とお部屋係のインド人のジャティンに言われたときに、「アクアクラスはもう三回目だからだいじょうぶーー」と見栄を張るべきではなかった。まずお湯の出し方がわからない。四つあるシャワーも複雑怪奇。シャワーブースの中であぢぢぢとか冷たーいとか叫ぶGと、その外にいてアイフォンで使い方を調べて水音に負けないよう大声で教える私で漫才のようなやりとりをしなくてはならなかった。
ヨガマット二枚は使えるスペースが無いので持て余したけどね。お部屋係のジャティンが一枚は片付けてくれた。一枚はあちこち折り曲げながらなんとかインフィニットベランダで使った。
■ とってもスムーズだった連続乗船-Back to Back

今回は連続乗船 Back to Back (正式にはconsecutive cruise)の登録をしておいたので部屋替えもスムーズだった。
同じ部屋に連続して滞在できたらよかったけれど、お得なギャランティ(お部屋番号が選べない)での予約だったので、お引越しも仕方がない。

・一周目に乗船したらまずはお部屋係に連続乗船だと お知らせ。「何の問題もないよ。数日前になったらお知らせも届くし、荷物は運んであげるしね」 と心強いお言葉。
・そして最初の下船日の数日前になったら、下船日の2日前の10時半から説明会をするから来てねとご案内が入った。
ワクワクして行ってみたら出席者は10人ちょっと。入り口の名簿にはもっとたくさんの名前がリストされていたから、連続乗船ながら説明会には出ないベテランが多かったみたい。
・その説明会ではプレゼントの抽選もあって、次のクルーズで使える有料レストランへのご招待券とかお洗濯無料券とかスパークリングワインなどが当たる。なんと全員当選だった。うちが当たったのは洗濯無料券。手洗い洗濯が趣味のG のおかげさまで結局使わなかった。もったいなかったな。
・下船日の前日は、余裕・余裕。なんとなくせわしない船内をぶらぶら徘徊。ガラガラのシアターでショーを楽しみ、ゆっくりディナー。
・下船日当日は朝7時半に乗客全員が部屋を空けるのだけれど、クローゼットの服はそのままでOK。引き出しや棚のものはトランクに詰めてほしいけれど、部屋に置きっぱなしでOK。前の日にトランクを廊下に出したら船の外に出されて行方不明になっちゃうから絶対にしないでねと冗談を交えて説明。
・連続乗船のお客様は、朝港に着いたらすぐ出かけてもいいし、船に残るなら9時にエデンに集合。そこで新しいクルーズカードを交付します。そしてレセプションに行ってクレジットカードを紐付けてねと言われる。
■ そしてエリートメンバーに!

2周目の朝、私たちはすぐには出かけず新しいクルーズカードを受け取るために9時にエデンに行った。だってこの日から私たちはエリートメンバーになるんだもん!
・一周目のうちにキャプテンズクラブデスクに行き、このクルーズでたまるポイントでエリートステータス300ポイントに達することは申告済み。二周目のカードを受け取ったらまた来てください。エリートステータスでカードを作り直します。「ウェルカムtoエリートメンバー!」なんて言われちゃって舞い上がっていたのだ。
・2周目の初日、新しいクルーズカードを作ってくれた女性が私たちを見てにっこり。「もしかして以前ソルスティスでもお会いしませんでしたか?」だって。 よくその人を見たら確かに、4月に乗ったセレブリティ・ソルティスのコンシェルジュデスクにいたお姉さんではないか。あの時は港の地図をもらいに行くたびにお世話になったのだった。

「初めてセレブリティクルーズに乗ったのはなんと22年前。それからチビチビと乗りためて、やっとエリートメンバーになれたの!」などと勢いこんで言ってしまった。笑ってたけど。

苦節22年でやっとエリートメンバーになれたのだけれど、それはロイヤルカリビアンもセレブリティもどっちも好きでかわりばんこに乗っていたから。去年まではせいぜい年二回一週間ずつしかクルーズができなかったので、なかなかポイントがたまらなかったのだ。
けれど悔しいことに、今年からロイヤルカリビアングループ(ロイヤルカリビアン・セレブリティ・シルバーシー)のポイントは、この三つならどのラインに付けてもいいことになった。(過去のポイントは移せません)
エリートメンバーが増えすぎて制度が変わらないように願うばかりだ。だからポイントを貯めるなら今がチャンスだと思うよ!

エリートメンバー特典(いろいろあるけど私が特に嬉しいもの 2026年夏時点)
・ カクテルタイム(5pm〜7pm):バーやラウンジで指定メニューのドリンクが無料
・ランドリー特典:1回分の無料ランドリーバッグサービスやドライクリーニング1枚無料など
・インターネット割引:船内Wi-Fi90分無料+パッケージの割引
・ツアーやイベントご招待:船内バックステージへの招待や各種パーティー
・朝食ラウンジ:朝の時間帯(8am〜10am)にコールドブレックファーストと各種コーヒーを提供

嬉しいのはやっぱり飲み放題!セルブリティは午後5時から7時までの時間限定だけど、同じグループのロイヤルカリビアンは1日四枚の無料ドリンクチケットとなり何時でも使える。
今回乗ったエイペックスはショータイムが7時半からなので、なるべく7時までにどこかのバーに行き、一杯もらってからシアターに行っていた。ショーの前に何杯も飲んだらトイレが大変だし。
中には5時からバーで待ち構えていて、三杯ずついっぺんにもらって端からグビグビ飲んでいる人もいたけどね。ご夫婦でそれをやってるからテーブルの上にグラスが六つ・・。
セレブリティのバーテン達はそんな人たちにも陽気に気前よく対応してくれる。私にもメニューにないカクテルを出してくれたり、いっぺんに2つ持ってきてくれたり。そんなに飲めないよと言いながらも、けっきょく飲んじゃうのよね。。。

3 セレブリティ・エイペックスの船内

セリブリティの船といえば動く美術館と言えるくらい、船内のいたるところに粋なアートが飾られている。特にエッジクラスはユニークなものが多くて、5つの船(エッジ・エイペックス・ビヨンド・アセントそして最新型のエクセル)全部を見て回りたくなる。
今回は有料の「船内のアートと建築を見て回るツアー」に参加。参加者は私たちのほかにアメリカ人の母娘のたった四人だったけど、 1時間近くをかけて船のあちこちをめぐって説明してもらった。
この船には4000点以上のアート作品が展示されているとのこと。でもその意味や解釈は見る人に委ねられているのでご自身で考えてね、だって。そこが聞きたかったのになあ。
船メインデッキ中央のグランドプラザの巨大なシャンデリアとオブジェ
この船を象徴するアートと建築として、 アートツアーはここから始まった。シャンデリアは1日2回虹色に輝き、その下のマティーニバーのバーテンたちが華麗なカクテルショーを見せてくれる。
シャンデリアはこの上の客室にグランドプラザでの演奏や騒音が響かないように設計されているそうだ。
プールデッキにドカンとあるのがシルバーの巨大指ハート
 定番の写真スポット
船に乗っているクルー全員の顔をミックスして一つの顔を作成
国籍や文化を超えた多様性や連帯感を表現しているそうだ。
五階後方からエデンに向かう途中にあるアートコリドー(廊下)
前に乗ったエッジのコリドーはブルー基調でまるで海の中を歩いているみたいなデザインだった。この白いデザインはBiota (生物相)というタイトルで、日本人作家名和晃平氏の作品。キャーキャー言いながらここに入ってきても、すっと気分が落ち着くような音が流れている。
その先の喫煙エリアの手前のマッシュルームマン
スパイダーマンかと思ったらマッシュルームなんだって。こんな人形と海を眺めながらタバコが吸えるので、この船の喫煙エリアはこの船で一番居心地がよい作りになっている(悔しい)
14階最前方で空を仰ぎ見る親子連れ
思わず一緒に空を見上げてしまう。同じ人形の手のひらサイズは、ビルバオのグッゲンハイム美術館でも買えます
紫水晶か、イチジクか
アクアスパの真ん中にドカンとある。本物の紫水晶だったらすごいけど、どうやらプラスチックみたい。
夜のプールデッキ
ライトアップもすごくきれい

エデンがお気に入り

船内で一番よく通ったのはエデン。船尾の四階から六階が巨大な吹き抜けスペースになっていて、 本物のグリーンがEDENと大書された看板や壁に埋め込まれ、天井からぶら下がっている。
ここにカフェもバーもステージもレストラン(有料)もあって、海とステージの両方を見るらせん状のスペースで、ゆっくりくつろぐことができる。

終日航海日のランチタイムのエデンカフェでは、ヘルシーなサンドイッチ、ラップ、サラダ、スープが食べられる。セミオーダーで好みの味付けやトッピングを加えてもらえるのも嬉しい。カフェがオープンしている時だけ出られる外のテラス席は、意外と空いていて穴場だった。

夕方からはライブ会場になり、夜10時半くらいからはシンガー、ダンサー、アクロバットの別チームが目の前で演じてくれるショータイムに。
■ エデンのショーの席を仕切る人

エデンでの夜のショータイムは席の確保が大変なんだけどね。座席を探してうろうろしていたら、「おう、ここに来いや(意訳)」みたいな感じで、がっちりしたでっかいアメリカ人男性が隣の椅子をばんばん叩く。恐る恐る座ると「今度日本に行くから危険なところを教えてくれ」とか「サムライの刀を買いたいんだけど」などと次々と質問が来た。
その人はフロリダの元警察官で、旅行先でマフィアがいるような場所に迷い込まないように、事前に知っておきたいんだそうだ。
日本には危ない場所はないとか、今はもう日本では刀は買えないと言っても「嘘だろーYakuzaがいるだろー」となかなかわかってもらえない。
周りが混んできたら「からだの大きなあんたは、低い椅子に座れ」「小さな彼女は、この高い椅子に座れ」と後列の人が良く見えるように仕切ってくれる。ショーの間も歓声を上げて観客もショーも盛り上げる。
アメリカの警官ってすごいな。 怖いながらも笑っちゃうショータイムだった。
ちなみにその人は部屋にピアノがあるようなすごいスイートに泊まっているんだと、部屋の写真も見せてくれた。
エデンを覗き見るお姉さん
そんなステキなエデンを、外からこんな人形が覗いている。

ソラリウムとサーマルスパ

セレブリティの船に乗ったら毎日14階のソラリウムに行く。隣のオープンエアのプールと違ってガラスのドームの下なので、日が当たりにくい。大人限定エリアなので静か。何よりジャグジーがけっこう温かくて、お風呂代わりに入れる。
午後は混むので、朝食を食べたらジムに行き、ジャグジーに入って帰ってくるのが日課になった。
2周目はアクアクラスだったので、サーマルスパが無料になる。ジャグジーが混んでいるときはスパのサウナで体を温めることもできた。
窓がないサウナより見晴らしのいいジャグジーが私はずっと好きだけどね。
30度を超える気温の港を歩きまわって体がほてった時は、ソラリウムの海水のプールにドボンと浸かって熱中症対策。
外のプールはカンカン照りなので、とてもこんなことは出来ない。
外のプール周りには大勢の人たちが裸に近いような格好で集まり、時には水中バレーボール大会なんてやって盛り上がっている。すごい体力と日光対応力。人種が違うと体質が違うのかな。もしかしてこの人たちの方が、日本の猛暑でも熱中症になりにくいんじゃないの。

4 レストランとお食事

4カ所のメインダイニングを順番に

この船では、コンシェルジュクラス以下のお部屋カテゴリーのために、4カ所のメインダイニングが用意されている。
イタリア料理のトスカン、ギリシャ料理のキプロス、フランス料理のノルマンディー、現代アメリカ料理のコスモポリタンで、メニューの半分はどのレストランも同じ(日替わり)。メニューの半分はそこのレストランだけの特別メニュー(固定)。そしていつでもどのレストランにもある定番メニュー(ビーフステーキとかサーモングリルとかシーザーサラダとかアップルパイとか エスカルゴも毎日どのレストランでもあるよ)で構成されている。
予約した時に選ぶ食事時間は一回目(18時)、二回目(20時半)とセレクト。一回目二回目を選ぶと、毎日このレストランに来てねと船の方で決めてお知らせが入るらしい。セレクトは自由でいいんだけど、アプリで毎日毎日どのレストランに何時に行くか、自分で予約しなくてはいけない。
うちは食いっぱぐれたらパニックになるたちなので、事前に毎日のレストランを順番に予約していた。
実際はセレクトにしておけばどのレストランに何時にふらっと行っても、ちゃんと席は用意してもらえる感じ。入口まで行って待ちそうだったら、別のレストランの入り口はすぐそこだ。そっちに移ってもいいのです。

ある時隣のご夫婦が、全部のレストランのメニューをテーブルに積み上げて、端から見てウェーターと相談している。聞いたら、他のレストランのメニューを持ってきてもらうこともできるんだそうだ。「この席が気に入ってるからいつもここに座って、メニューは全部のレストランのを見るの」と言っていた。なるほど窓際のよい席で、じっくりメニューを選ぶかいがありそうだった。クルーズの最初の頃にレストランマネージャーにそうしたいと言ったんだろうな。
私はそこまではしなかった。毎回違うレストランの違うテーブルで、違うお隣さんと話をするのを楽しんだ。

セレブリティ・ソルスティスで確認済み。メインダイニングのディナーは、スープはちょっとしょっぱいけど、肉は柔らかく魚はカリッと焼けていてとても美味しい。味付けも毎回違う。塩が強いなと思ったら私の得意技「蒸し野菜」を追加してもらって、ヘルシーに。残念なのは、毎回レストランもテーブルも変わるから固定のテーブル担当が付かないことかな。いつも同じような席に通されるから、2回目以降なら前も居たよねーと言う感じになるけど、4日に1回しか会わないから名前を覚えるまでには至らなかった。

アクアクラスのレストランBlu

2周目はアクアクラスだったので、朝と夜は専用レストランBluに行くことができる。Bluは5階のエデンとアートコリドーの間にあるので、1周目は入口の前を通るたびに「次は来るからねー」とテレパシーで合図を送っていた。
あまりにじろじろ見ていたからか、初日にBluに行ったら「着物姿をよく見かけましたよ」と受付のお姉さんやソムリエに言われた。2周目は初日からバーテンやミュージシャンと顔なじみで「また会いましたね!」と声をかけてもらえるので、まるで常連のお客様になったような気分になれる。

1周目に通ったメインダイニングが美味しかったので、Bluもそんなに変わらないだろうと思っていた。でもね、違った。すごーく良かった!

一皿に使う素材やシーズニングの数が多くて、味が複雑な構成になっている。最初に出してくれるパンやそれにつけるペーストも、プレゼンテーションが凝っている。(つまりいちいちもったいつけて一つずつ説明してくれるってこと)
席は毎回違うんだけど、毎回同じウェイターやソムリエが付いてくれる。すぐに好みを覚えてくれて、オススメはこれ!と言ってくれる。 あれも食べたいこれも食べたいと悩んでいると、「両方持ってきてあげるよ!」とほんとうに2種類持ってくる。「おいしかったー」とぺろりと平らげると、「もう一つ作ったよ」と同じメニューを相手にも出してくれる。
朝食ではソーセージにケチャップをつけて、ヨーグルトはグリークがいい、焼き豆腐に醤油が欲しい、リンゴとキウイを皮ごと出して……と細かく注文。醤油をボウルに二杯持ってきた時は笑っちゃったけど、小さじ一杯でいいんだからと言ったら翌朝からはその通りになった。 毎回ワイワイ楽しく食事ができた。
セレブリティのシェフにはインド人が多い気がする。この船も総料理長もこのブルーのシェフもインド人で、時々すんごい辛いメニューがあった。ビュッフェでは毎日インドカレーが並んでいつも行列だ。私は辛いエスニックが苦手なんだけど、Gはわりと好きでたびたび挑戦。太刀打ちできず替えてもらったのは一回だけだったようだ。

ル・グラン・ビストロ (フレンチの有料レストラン)

四つのメインダイニングとブルーで大満足ではあったが、やっぱり味見したくてお得なランチでスペシャリティレストランのひとつ、フレンチのル・グラン・ビストロに行った。
前菜は2皿ずつ、エスカルゴのパイ包み、山羊のチーズのクレープ、フレンチオニオンスープ、ムール貝。メインは雌鶏と舌平目。もちろんタルトとチョコレートムースのデザートも。
朝はビュッフェで軽く食べ、サウナで汗を流しておなかを空かせて行き、メニューからいくつ頼んでもいいよと言われてどしどし注文。
ブルーとはまた違ったがっつりした味付けで、大満足。チョコレートムースもビターでねっとりして、うっとりするようなおいしさだった。

このランチのワインに、この船の副支配人ニコラス・ハヤシさんからいただいたプロセッコを持って行った。(船からのワインなら持ち込み料無料です。)日系アルゼンチン人三世で、春風亭昇太の若い頃みたいな、ひょうきんな顔立ち。日本人のお客さんには必ず声をかけるみたいで、一周目にシアターの前でお会いしたのだった。 私のおじいちゃんは日本郵船の船員で、アルゼンチン丸という移民船にも乗っていた。まさにハヤシさんのひいおじいちゃんが日本からアルゼンチンに移民した頃だそうで。そんな話で周りのオフィサーたちも巻き込んで盛り上ったのでした。
船乗りだったおじいちゃんの話は知る限りを>>こちらにまとめてあります。 (「河内丸から飛鳥Ⅱ:ファミリーヒストリーをたどる旅」)  こちらも見てね。

一つ選ぶなら、やっぱりエデンレストラン!

エデンレストランは、船の最後尾の吹き抜けスペースの最下層にある。エデンのステージで演奏する音楽が聞こえ、船尾の航跡を見ながらお食事ができるすてきなスペースだ。
ちょっとプライシーだけど、乗船前の予約なら多少割引になる。事前予約していなくても、スペシャリティレストランのカウンターで交渉次第で割引で予約ができるみたいだった。1回エデンレストランに行った後、担当だったウエイトレスのモナリザに他で会うたびに誘われたんだけどね。メニューが変わらないので、行くのは1クルーズ中に1回でいいかなあ。
予約していた日は早めにエデンに行って、上から空いている席をチェック。ちょうど窓際の席が空いていたので「予約の時間よりちょっと早いんだけどあの席に座れますか」と降りていったら「もちろん。どうぞどうぞ」と通してもらえた。ラッキーでした。
ここの料理は特にxx料理という定義は無いみたいで。よく知ってるけどプレゼンテーションがすごくきれいで味付けが凝っているお皿が次々出てくる。
目の前で切り分けてくれるとボワッと広がる特製のレタスのサラダ、根菜のサラダヨーグルト風味(中東風)、クラブケーキ、トリュフとマッシュルームのリゾット、ロブスター、フィレミニョンとショートリブのパイ包み。デザートはレモンのタルトとストロベリーミルフィーユ。

レストランの奥がオープンキッチンになっていて、料理が目の前で作られて絶妙のタイミングで運ばれてくる。オープンキッチンを囲むカウンターで食事するのもの楽しいかもしれないけど。。。でもやっぱり船に乗っているからにはこの席だよねー。
ちょうどデザートが出てきた頃に夕日が沈んでいく時間となり、日よけのシェードががーッと上がったのだ。「きゃーきれい。」思わず叫んでしまった。
夕陽と航跡を背景に何枚も写真を撮ってもらいました。

夏のクルーズならではのオープンデッキ

ビュッフェ形式の食事はあんまり好きじゃない。せっかく旅行しているのに、どうして自分でよそって自分で運ばなくちゃいけないの?と思ってしまうので。
でも風にあたって食事する気持ちよさが、そんな不満を上回るのであった。自分ひとりではたくさんは運べないので、食べすぎずに済むしね。
何度も取りに行けばいいじゃん、と思うかもしれないけど、「テーブルに食べ物を置いたまま居なくならないでね」とこのエリア担当のウエイターに言われた。この海域は外のテーブルに食べ物を放置してると、海鳥が食べに来ちゃうんだそうだ。

5 そして、ショーと音楽を楽しむ夜が始まる

セレブリティクルーズには、たくさんのパフォーマーが乗っていて、ひとりひとりのレベルが高い。クルーズディレクターもパフォーマーも口をそろえて「テープ(つまりカラオケ)を使わずに演奏するのはセレブリティだけなんだ」と自信をもって言う。実際シアターでもザ・クラブでもエデンのステージでも、必ず生バンドがいてそれをバックにシンガーが歌いダンサーが踊る。
驚いたのはシアター専門のエーペックスオーケストラのドラマーの上手なこと!! ずっしりした音で安定したリズムを作り、すべての演奏がとてもカッコよく聞こえる。それもそのはずこの人はこの船のミュージックディレクターだった。クルーズの途中でクルーズディレクターが「今朝3時に彼にたたき起こされたんだけどね。男の子が生まれたんだって!」と紹介してみんな大拍手。「でも変だなあ、もう10カ月も船に乗り続けてるのに」と落とされて大爆笑。
シアターでは、セレブリティオリジナルのプロダクションショーとソロのパフォーマーのショーが日替わりで毎晩7時半と9時半の2回。楽しみなのはダンサーもシンガーもアクロバティシャンも勢ぞろいするプロダクションショーで、この船ではロックUメンタリー、Tree of Life、クリスタライズの3種類だった。
驚いたのはロックUメンタリー。 4月に乗ったソルスティスでも見たので、同じかと思っていたら大間違い。始まった演奏でドラムスに打ちのめされ、歌手のレベルの高さにびっくり。ジャニス・ジョプリンのピース・オブ・マイハートの迫力に、この人の喉はこの後大丈夫なんだろうかと心配しちゃったくらい。(心配なかった)
クリスタライズでは、けっこうむっちりしてるソロバイオリニストまで宙づりに。照明や舞台背景のCGもすごくきれいで、見とれてしまう。
命綱も外してふくらはぎだけで宙づりになるアクロバティシャンの演技に悲鳴をあげてしまった。ショーの後にシアターの外に並んでいたので聞いたら、ロシア人のカップルなんだって。オリンピックに出られないからこういうところに来てるのかな。
エデンのショーは別チームのシンガー+ダンサー+アクロバティシャンがやる。スペースが小さいので席取りが大変。その代わりいい席が取れれば、目の前で繰り広げられる演技を、触れるくらいの近さで見ることができる。
ジャマイカの5人組 ハウスバンド Nu Image プールサイドでもグランドプラザでもザ・クラブでも演奏。渡辺直美みたいなシンガーのお姉さんが大迫力。
ソロパフォーマーも好きなタイプ、二回目は見なくていいやと思うタイプいろいろだけど、この人はおもしろかった。アンドリュー・ダービシャー。
イギリスのブリテンズゴットタレント(イギリス版スター誕生みたいな勝ち抜きオーディション番組)に2回出たそうで。準決勝まで行ったんだけど、90歳のダンサーのおばあさんに負けたんだと言って笑いを取っていた。
すごい声量で、音程も確か。ちょっとがなりすぎの気もしたけど、舞台映えはする。Stevie Wonder、Queen、Tina Turner、Whitney Houstonなどの難しい歌もちゃんと歌えてたと思う。
ソロパフォーマーだったらやっぱりあの人が良かったよねと今でも思い出すのは、3年前のエッジで見て感動したおねえのオペラ系歌手ジェームスだ。
この船でまた会えてビックリ! ジョークも演目もだいたい3年前と同じだったけど、楽しいショーは何回見てもいいのだ。
1回目のパフォーマンスが終わった後レストランで会った人たちに「ジェームスすごくいいから、2回目を見に行った方がいいですよ」と言ったら翌日「本当にいいショーだったね!ありがとう」とお礼を言われた。
名前はJames Humphreys。 珍しい苗字は忘れちゃってジェームスだけ覚えてたから、プログラムにこの名前があってもオネエのジェームスのこととはわからなかった。なのでここに覚え書き。
また会えたね! と嬉しかった二人目は、いくつもの楽器を演奏して歌う多彩なサルバトーレ君。歌もハーモニカも物真似もすごい。最後は前回と同じく「We Are the World」。ブルース・スプリングスティーン、シンディ・ローパー、ダリル・ホール、スティーヴィー・ワンダー、ボブ・ディラン、レイ・チャールズ・・・。出てくる約20人もの歌手たちの声真似で歌ってくれる。何回聞いても楽しく笑っちゃうエンターテインメントだった。
エデンで二人で演奏していたのは、フィリピン人のご夫婦アルテイアとマーティン。旦那さんがむちゃくちゃギターが上手で、奥さんはムードたっぷりに情を込めて歌う。選曲の引き出しがとにかく広くて、クラシックロック、ポップス、ソウルから何でも。この曲前も聞いたよね、というのがほとんどなかった。ポリスの「De Do Do Do, De Da Da Daが良かったと言ったらもう一度やってくれた。二人のハーモニーがとても素敵なのだ!
二人は去年セレブリティ・ミレニアムで日本発着クルーズをして日本が大好きになった!とのこと。私たちが入っていくと必ず手を振ってくれて、ステージが終わると近くまで来てくれて「今日の着物すてき!」「あなたのドレスもねー」なんておしゃべり。いったいHow Many(何枚)持ってきたの?と聞くので Many!と答えたら大受け。いよいよ私たちが下船する前の晩には、「練習したのよ」と「上向いて歩こう」を日本語で歌ってくれた。
ステージの後は聴いていたお客さんに近寄りにこやかに挨拶して話が弾む。最後の夜はお客さんたちがふたりを囲んで口々に二人の演奏がとても良かったと別れを惜しむ。とてもいい雰囲気を作る人たちだった。セレブリティクルーズとずっと契約をしているそうだ。またどこかのセレブリティで会いたいなあ。
クルーズディレクターは、なりたてほやほや、30歳のイギリス人アーロン君。いたずらっ子がそのまま青年になったような、若くて元気なお兄さんだ。演目紹介の最後に走りだしそうなポーズをしながら言う「Cheerio!」(チェリオ! またねーくらいの意味らしい)が決め言葉。どこかですれ違った時に、知らない言葉だったけど覚えたよと言ったら、最後の日下船口でも私たちの姿を見つけたらやってくれた。
そんなクルーズディレクターの講演「Life At Sea 僕のクルーズ人生(意訳)」はシアターの椅子はいっぱい。立ち見が出るほどの大人気。去年プリンセスクルーズにいた時にセレブリティクルーズにヘッドハントをされて移ったこと。実はクルーズディレクターになってまだ40日目なんだというので驚いた。講演ではクルーが船上でどういう生活をしているかを、笑いをまじえながら紹介。採用から勤務時間、食事内容やクルーエリアでの娯楽についてなど、従業員が快適に仕事ができるように作られていること。だからみんなこんなに頑張れるんです。そして僕たちはこの仕事が大好きだから続けているんです、との思いが伝わる感動する内容だった。

船の上で会うクルーはフィリピンやインドの人ばかりだったけれど、最近はタイや中国、南アフリカ、ケニアの人にも会うようになった。タイ人のウエイトレスは、この船中でタイ人は私一人と言っていた。どうやってクルーになったの?と聞いたら、みんな同じでオンラインで応募、オンラインの面接を経て採用となるそうだ。「世界中どこからでも応募できますよ」だって。

アーロンが講演で言うには、採用の条件は厳しい健康診断をパスすること。「だから僕たちはみんな完璧に健康なんだ」とのことだった。 そしてクルー同士は恋愛も自由。でも上司と部下など立場が違う相手とはいけないんだって。(本当かなーと思うけどアーロンはそう言ってた)

6 寄港地 ポルトガル・スペイン・フランス

今回は二連続クルーズだったので、ポルトガルのリスボンとポルト、スペインのラコルーニャは2回訪れた。特に2回目は1回目でやり残したこと、行けなかった所がわかっているので、より楽しめた気がする。

1 リスボン ― 暑さを避けるには、坂を上るべし

このコースの目玉はやっぱりリスボン。大西洋からテージョ川を上り、帰りは下る。その15キロほどの間に、 サン・ジュリアン要塞、ベレムの塔、発見のモニュメント、巨大キリスト像など次々に見えてくる。赤い巨大な吊り橋をくぐると、川幅が急に広がって、まるでまた海に出たみたいになるけれど、ここは元々の盆地が水没してできた巨大な汽水域だそう。だからリスボンは、大西洋に面しているのに荒波が来ない世界有数の良港なんだって。
一回目は左舷二回目は右舷だったので、両方の景色を二回、朝と夕方それぞれ見ることができた。
船はリスボンの街の真ん前に停泊する。1755年のリスボン大地震の被害を奇跡的に免れたアルファマ地区だ。 中世のイスラム支配時代(ムーア人時代)の面影を残す小道や階段が丘の上まで続いている。
地震で壊れちゃった宮殿があった場所に建造された凱旋門「勝利の門」。港から川沿いにここまですぐ来れるし、門をくぐれば観光ストリートアウグスタ通りに繋がっているのだけど。なにせ川沿いは影もなく暑い。
だから港を出たらすぐに川から垂直に上がっていく小道に入るのが良い。 こういう道は両側から迫る建物に挟まれて日陰だし、海からの風が吹き上がってきて、涼しくて気持ちがいい。ハアハア坂を上がっても、立ち止まると汗はすっと引いていく。
坂を上がる途中の門の向こうに聖人の像。その向こうに船。左に咲いているのはブーゲンビリア、南国の花。
休み休み石段を上がってついに出た広場。船が見えたぞー。
ここから市電で狭い坂道をくねくね走ってフィゲイラ広場へ。タッチ決済で乗れます。前に訪れた23年前と同じく、市電の運転手さんはマッチョな女性が多い。かっこいい!
観光街アウグスタ通りの一番日陰が多かったレストランで。イワシの塩焼き、タコのサラダ、干しダラのコロッケ。前に来た時もこの辺で食事したよねと懐かしく思い出した。
2回目は前回のアウグスタ通りの一本東側にあるレストラン街で、干しダラ料理と海鮮リゾット。 この通りは客引きがすごいんだけど、観光レストランよりもおいしかった。

2 ポルト(ポルトガル) ― 旧市街も港町の食堂もよかった

ポルトはリスボンの約300キロ北にある、ドウロ川の河口にある街だ。でもドウロ川は水深が浅くて大型船が入れないので、クルーズ船は町の中心部へは10キロぐらいのマトジニョシュという港に停泊する。
シャトルもあるけどウーバーやタクシーが安いよとポルトガル人のレセプショニストに教えてもらう。タクシーは港の外で待機していることもあるし、ウーバーなら呼べば確実に来てくれる。ウーバーで市街地に入ったらものすごい渋滞になって、観光名所のサン・ベント駅に行くのに時間がかかってしまった。でもこの駅は次に行きたい川沿いよりだいぶ上の方にあるので、ここから観光を始めるのが正解だと思う。
110年前に完成したという駅は壁一面タイルで覆われ、そこにはポルトガルの歴史や暮らしが描かれ絵巻物のようになっている。とてもカメラじゃ写しきれない幅と高さなので、無駄にシャッターを切るのは諦めて、肉眼で見て記憶にとどめましょう。
ヨーロッパの街らしく、どの風景を切り取っても歴史を感じさせられ古く美しい。馬車しか通れなかった道幅そのままで両側に歴史的建築物が並ぶから、今の基準からしたら道幅が狭くて渋滞になってしまうのも仕方ないんだろうな。町並みをきょろきょろ見ながら、川に向かって膝がガクガクしそうな坂道を下る。登るなんてとってもできない。
ドウロ川沿いのリベイラ地区へ。川岸にはオープンエアのレストランが並び、その向こうにはドン・ルイス1世橋。1886年にこの橋を造った時の王様の名前だそうです。王妃の名前の橋もあるんだって。
でも川沿いは日陰もなく照り返しが激しくて暑い! クルーズ船に乗ったら受けそうなバンドが川岸で演奏してたりもしたけど、命は大丈夫かなと心配になっちゃうくらい暑かった。(45分ぐらいで交代してた)
川も橋もろくに見ずにレストランに避難。橋がよく見える通り沿いのテーブルにどうぞと言われたけど、奥まった影の濃いところにしてもらう。建物内にもテーブルがあってそっちの方が混んでいたけれども、やっぱりいくら暑くても景色を見ながら食事がしたい。
偶然入ったレストランは、操業80年以上の老舗のChez Lupinでした。 80年前はさぞ快適に美しい景色が楽しめたことでしょう。
そしてメニューにある限り頼むと決めている、タコとイワシと白ワイン。今回寄港した港で毎回頼んだけど、ここのはとても美味しかった。特にタコの柔らかさにびっくり。
ポルトへの玄関口マトジニョシュ港の出口すぐのところにある記念碑。13世紀にキリスト像がここに流れ着いたという伝承を記念している18世紀建築のドームなんだって。そしてこのドームの向こうから、何やらいい匂いが漂ってくる。魚を焼く煙も見えるような気がする。なので二回目の寄港の時は街まで行かずに、このドームの向こうに行ってみることに。
ポルトへの玄関となるマトジニョシュ港の出口からほんの1分ほどで、レストランが並ぶストリートに出ることができる。
レストランの前に魚焼きグリルがドカンとあり、暑い中次々焼き上げていく。忙しそうだったけど「笑って―」と言ったら笑ってくれた。
地元のファミリーに混じって、おすすめのポルトワインとサングリアを飲みながらかなり待つ。 ジャガイモとネギのスープ、タコ、イワシ、ブロッコリーのグリルがちょうどいいおつまみになった。あの大きなグリルで焼くだけの素朴な料理。何かの本で読んだ地元の「ジャガイモとネギのスープ」を見つけてG大喜び。
他のテーブルの人たちはみんな、大きなお鍋に入ったリゾットを取り分けて食べていた。

3 ラ・コルーニャ ― タコと日食

朝日に照らされるラ・コルーニャの街 ヨットハーバーの向こうが旧市街。海沿いには古代ローマ時代の灯台や16世紀の要塞などが残り、大昔からこの港を巡っていろんな国がここに攻め入った歴史が伺える。
10キロぐらいで一周できる、大西洋に突き出た半島の一番くびれたところが港になっている。逆側のくびれたところまで最短距離で歩いて港の反対側に行ってみたけど、クルーズ港から真ん中ぐらいまでが旧市街で、建物がとてもきれい。その先は近代的なビルが並ぶ新市街で、観光客にはちょっとつまらない。
100年前に建築されたネオバロック様式の市庁舎。16世紀にイギリスが攻めてきた時に戦った未亡人の英雄の名前が付いた町の中心「マリア・ピタ広場」にある。
マリア・ピタ広場の回廊を囲むようにカフェやレストランが並んでいる。
並ぶ建物も素敵だけど、こういうちょっとしたインテリアがすごく洒落ている
そして、もちろん。タコのグリル
イワシとジャガイモとシシトウ
イカのフリット 4日間連続でタコとイカとイワシを食べたけど、ここのタコが一番美味しかった。
ショーウィンドウのタコ。茹で上がったのがそのままディスプレイみたいに並べてある
このラ・コルーニャには1周目も2周目も1回ずつ寄港するので、2回目でもまたタコを食べようと楽しみにしてたんだけどね。2回目の寄港は8月12日の日食の日で、港には船が5隻・街には陸から日食を見る人を含めて2万人以上が集まっていた。なので早めに船を降りたものの、すごい人出でどのお店もいっぱい。1周目のときに見つけておいたスーパーマーケットで買い物だけして船に戻った。また行きたいなー。ザ・ベスト・タコタウン。

4 ビルバオ ― ピンチョスとグッゲンハイム

ビルバオも港は街の中心部からだいぶ離れているので、シャトルバス利用が必須。バスはグッゲンハイム美術館の入口近くの涼しいトンネルの中が発着地なので、なかなか便利。
この町はポルトガルと比べると歴史が新しく感じる。それもそのはずビルバオが栄えたのは産業革命以降の造船業時代で、建物もアール・ヌーヴォー系と近代建築が混在するネオクラシックという感じ。
やっぱりここも川(ネルビオン川)が作った町。周辺で鉄鉱石が取れるので、19世紀から20世紀にかけては造船業や製鉄業で栄えたものの、20世紀後半の構造不況で都市は没落したそうだ。
それを変えたのが1990年以降のウォーターフロントの再開発。ビルバオ・グッゲンハイム美術館やその周辺の遊歩道は、かつての造船所や工場群の跡地なんだそうだ。
なるほどー、と感心しつつ一回目はまっすぐ旧市街まで歩き、ヌエバ広場へ。
見つけたぞピンチョス街。けっこうどの店も混んでて、やっと席を確保。
席に座っていればウェイターが注文を取ってくれるけど、まっしぐらに奥のキッチンへ。ケースの中を指さしながら、これは何と聞きながら、「ウノ」「ウノ」と注文。ウノはスペイン語で「一つ」のこと。小学生の頃メキシコで育った私がかろうじて覚えているスペイン語だ。
ピンチョス第1弾
ピンチョス第2弾
ピンチョス駄目押し。
そして生ハム専門店みたいなところを見つけて、ここでもつまみ食い。フランスパンの上にかつお節みたいにいっぱい削ってかけてくれた。夢中で食べましたとも。
2回目はシャトルを降りたらまっすぐグッゲンハイム美術館へ。オンライン予約は13時半しか取れてなかったんだけど、何の問題もなく11時過ぎに入館。やっぱりスペイン語圏は大らかだよねえ。(メキシコ育ちの予感は当たった)
入ってすぐ、いきなりの大きな吹き抜けに度肝を抜かれる。高さ50m以上。光があちこちから入ってとてもきれい。
超有名なビルバオのグッゲンハイム美術館で、外に並ぶ「予約なし」の人の列の長さにおののいたけれど、入ってみれば空間は余裕たっぷりでゆっくりじっくり見て回れる。日本の美術展みたいに三重の人垣の後ろからつま先立ちで見るなんて、全くない。
唯一混んでいたのがこの草間彌生のミラールーム。30分待ちと言われてあきらめたけれど、実は彌生さんはこの2日後に亡くなったそうで。日本にいれば作品を観る機会は多いけれど、入っておけばよかったかな。でも30分待ちはやっぱり。。。(と今も逡巡)
びっくりしたのはこの巨大な鉄の迷路みたいな作品群。100mを超えるギャラリーに幾つも並んでいて、子供たちが入って走り回っている。声が響くので中でオペラを歌っている人も。
人間ぐらいの大きさ、もしくはもっと小さな作品群もあった。現代の人間社会を風刺してるのかな。
この絵(左)がを表現しているのか、壁面のパネルでわかりやすく解説されている 
上と同じくバスキアの作品。最近のモダンアートにはついていけないけれど、20世紀の作品はなんかホッとする。
ジャスパー・ジョーンズ展もやっていた。
ジャスパー・ジョーンズ『サヴァリン(Savarin)』シリーズ
ジャスパー・ジョーンズの舞台美術『Walkaround Time』
これがぶら下がっている下でダンサーたちが踊ったそうだ
1982年南アフリカ生まれのアーティストIgshaan Adamsの個展もやっていた。人々が歌いながら踊った足跡の上に、ビーズやリボンや端切れや針金を織り込んで作った、巨大な絨毯のような布が何枚も展示されている。
大胆な大きさと色彩だけれど、近づいて顔を近づけ、裏側からも見ると、本当に細かい作業で素材が編まれているのがわかる。一体どれだけの時間がかかったのかと、気が遠くなりそうになる。

ビルバオ・グッゲンハイム美術館、とても面白かった。もともとのニューヨークの螺旋状にぐるぐる下りていく美術館も好きだったし、大富豪だったグッゲンハイム一族の趣味も良い。
ベネチアのグッゲンハイム別館は、来年行けるかな。アブダビにも 2026年12月オープンの予定で建築中だそうだけれど、どうなるかなあ。(トランプのイラン戦争まだ終わらず)

5 ヴィーゴ ― 最初のタコはここで

7月23日にサウザンプトンを出港して1日の終日航海ののち、最初に着いた港がここ。スペインのヴィーゴ。 船を降りると、ヨットの並ぶマリーナ。その向こうがすぐ中世の街並み。タコの水産基地なんだそうで、期待が高まる。
ポルトガルとの国境沿いの、大西洋に面した町だけれど、やはり フランスやイギリスやその他色々な国から攻められた歴史があるそうで。街には城壁や要塞があり、石畳の道はうねうねと狭く入り組んでいる。
スペインやポルトガルのレストランはランチタイムは2時ぐらいと思って油断していたけれど、船からの観光客で正午前からあっという間に店が埋まっていく。 Google マップで高得点の店はもういっぱいだったので、その近くのたこのディスプレイがかわいいPolbo Bar(直訳はタコバー)に入る。
ディスプレイはかわいかったけど本物は大迫力
蛸のガリシア風とイカのグリル。
おいしくて満足だったんだけど、昼早いうちに食事してビールを飲んじゃったら、この後はもう運動できない(してはいけない)。翌日からは朝ごはんの後運動して、遅めのランチの時間に合わせて出かけようと誓う。
もう一つのネックは気温。 このエリアは南中時間(太陽が一番高くなる時間)の関係で、午後3時前後が一番気温が高くなる。ランチを求めてフラフラしている頃が一番暑いのだ。そんな中、港沿いに進めばこんな快適な日影エリアがあることを発見。しかもレストランもカフェもいっぱい並んでいる。なあんだ、次はここに来よう!と思っても、この町ヴィーゴには、次の二周目には来ないのであった。残念ー。

6 マヨルカ ― 自分たちでは行かない島の内陸へ

船はいよいよジブラルタン海峡を越えて、地中海に入る。この先暑い暑い地中海の4カ所の港を巡る。
マヨルカ港到着の朝。13世紀-14世紀のマヨルカ王国の黄金期に基礎が作られた、パルマ大聖堂や旧市街が船から見える。ローマ帝国時代に築かれた要塞都市が、アフリカのイスラム教徒ムーア人に統治され、レコンキスタでキリスト教徒が再征服。その後地中海貿易の中心地として栄えたという歴史をもつ島だ。このような歴史は終日航海日の午前中に、テキサスの大学の先生がシアターで講義してくれる。どの土地もどの時代も、侵略と征服と抵抗の歴史で、もううんざりしてくる。
今日はクルーズブラザーズから予約した特典で付いた、無料ツアーの日。(セレブリティクルーズは特に、クルーズブラザーズから予約すると特典が多い。) 前もって招待された無料パーティーで、担当のエージェントやツアーの内容は把握済み。朝10時半集合の5時間のツアーで、ランチは付かないそうなので、朝はブルーレストランでがっつり食べる。
アメリカ人とカナダ人がほとんど+2名の日本人の40人くらいのツアーで、バスに乗ってさあお出かけだ。行くのは島の中央にある18世紀の貴族の館と、暑い夏に訪れるのにピッタリの鍾乳洞。
バスはまずパルマ大聖堂の前をゆっくりと進む。
島の中央に進む途中の風景。アーモンドの木が茂る美しい島だったのに、近年の病害でほとんど死滅してしまったそうだ。だからますます夏の気温が上がっちゃうのかな。
18世紀の領主の館が博物館になっている、エルス・カルデレイス(Els Calderers)。ほぼ自給自足での、とても豊かな暮らしだったそうだ。
小さな教会スペースが、おうちの中にある
ワイセラー。ものすごーく古いワインが残されている。ガイドさんは、まだ飲めますよ!と言ってた。
ハンティングルーム 壁に獲物の首がいっぱい飾ってある
召使の台所。うちよりずっとずっと広いけど。
ご家族のダイニング。300年前とは思えない食卓の豊かさだ。
女子部屋と寝室 (Lady's bedroom / Women's lounge)。男子部屋もあったから夫婦でも寝室別だったのかな。
お風呂場。300年前の家にはもちろん水道なんて無いので、召使が台所で温めたお湯をここに運んだそうです。
厨房 かまどの周りに鍋や壺がずらっと並ぶ。どんな料理作ってたのかなあ。
貴族の館はとても面白かったけど、もちろん家の中に冷房設備なんかない。「マヨルカ島にようこそ。今年4度目の熱波が来ています。」とのガイドさんの言葉の通り家の中はものすごく暑かった。せっかくの古い家具や装飾品が傷まないことを祈るばかりだ。
次に来たのは ハム洞窟 (Cave of Hams)。海面下50メートルまで延びる、全長800メートルほどの鍾乳洞だ。
中はきれいにライトアップされていて、鍾乳石がにょきにょきと生えている。1cm伸びるのに100年かかると聞くと、いったいこの鍾乳石は何年かかってこの大きさになったのかなと頭がこんがらがってくる。
何より涼しいのが嬉しかった。気温は通年で20度以下だそうだ。 湿気が多くて足元は濡れているので、転ばないように細心の注意をしながら進む。危ないから行かないと入口で待っているシニア女性も数人いた。
一番奥の地下湖では、ちょっと昔風の光のショーが上映される。壁に映し出されるオペラ歌手が舟歌を歌ってくれた。
地上に戻ると暑さにくらくらしたけれど、お腹もすいている。うまいぐあいにそこにはカフェがあった。
タコでもイカでもイワシでもなかったのがちょっと悔しかったけど、ハンバーガー美味でした。

7 バルセロナ ― 暑さに負けて、バス観光

ヨーロッパ最大のクルーズ港バルセロナに到着。この日は4隻のクルーズ船が港に停泊。他にも地中海の島に行くらしいフェリーや小型船がたくさん。クルーズ埠頭は年々拡張され、大きな船ほど遠くに停泊。いつも船から見ていたサグラダファミリアが、ずいぶん遠くに感じるようになった。やっと完成したと最近ニュースになっていた中央の大きな塔がかろうじて見える。
船からのシャトルでクルーズターミナル前に来たもののだだっ広いだけで、日陰もカフェもレストランも土産物屋も、何もない。そして暑い。
ここから歩いてどこに行く? オーバーツーリズムで観光客があふれる街。地元の人が観光客反対とデモをして、水鉄砲を撃ってくるらしい。それに加えて、クルーズディレクターや船内新聞が、世界一スリが多い街だから気をつけろと繰り返し言っている。
なので、乗りましたとも。シャトルを降りたところすぐに乗り場があるホップオンホップオフバス。あまり人気のない一番後ろのシェードがかかった席を確保。日陰だし風は来るし私にはサイコー。
景色に飽きても大丈夫。前の席のアラブ人の坊やがずっと遊んでくれた。
サグラダファミリアでいったんバスを降りる。今は中に入るのにオンラインで予約して入場料が必要とのことで、外から見るだけ。2001年に来た時と同じ場所から写真を撮ってみた。中もそのころは無料で入れて、あちこちブルーシートが敷いてあるような、まさに「工事現場」って感じだった。
そこから歩数稼ぎに凱旋門まで歩く。この門は戦いの象徴ではなく、1888年のバルセロナ万国博覧会に合わせて造られた、文化や産業の発展と平和を歓迎するシンボルなんだそうだ。
次のバス停のすぐ近くのバルで、ムール貝、バカリャウのコロッケ、アスパラガスの軽いランチ。後ろから近づいてきた女の人が、お店の人がNo!と言っているのに、コロッケを一つつまんで逃げていった。私は後ろ向きだったので全く気づかなかったけど、隙あらばお財布か携帯を持っていこうとしてたのかな。
そしてまたバスに乗って、旧市街を走る。ここに居れば、後ろから襲われることもないから安心。きっと。
ガウディの別の作品カサ・バトリョ。ものすごい観光客だーと言いながらバスの二階から高みの見物。皆さん、スリには気を付けましょう。
バスはさらにモンジュイックの丘へ。ここからはバルセロナ市街が一望できるしミロ美術館もあって、 20年前に来たときには喜んで巡ったものだった。でも今のシニアな私たちはバスを降りずに座ったまま。
モンジュイックの丘からもサグラダファミリアが見えた。来年また会えるかな。
バスに乗る時にもらった地図が、風と湿気と汗でこんなになってしまった。
最初は地下鉄でサグラダファミリアまで行って、ランブラス通りを歩いて帰って来ようなんて言っていたけれど。乗り降り自由の2階建てバスに、暑さに負けてつい乗ってしまったけれど。最初はひとり33ユーロなんて高いなーと思ったけれど、今はとてもお得な賢い選択だったと思う。

8 イビザ ― マリーナでイカ墨パエリア

ヨーロッパ随一のパーティーアイランド・イビサ島に到着。埠頭のむこーうのほうに旧市街が見える。あそこまで行けば入り組んだ小道の両側にすてきなショップやカフェが並んでいることは3年前も来たので知ってるんだけど。なにせ本日気温34度、湿度85%。日本並みの猛暑だ。
奮発してシャトルバスに乗ったものの、旧市街の入り口まで行くのにまだまだカンカン照りの中を歩かなくてはならない。倒れそう。
やっと着いたぞ、旧市街の入り口。イビサは丘の上にある城塞都市だけれど、この海抜ゼロメートル地帯でも十分楽しめる。と思う。
とりあえずマリーナ近くのEs Noray Puertoに逃げ込む。大きなシェード、扇風機、細かい霧状の水まで出る席に落ち着き、ワインとサングリアを注文。
そして地中海側に来たらこれを食べると決めていた、イカ墨のパエリア。ガスパチョ、イカのグリルと一緒に。しかしたったこれだけで何と100ユーロ越え! さすがパーティーアイランド。ちょっとしたランチまでパーティー価格。 
3年前に来た時と同じお店で手書きデザインの洒落たTシャツを買い、アクセサリーショップの女性店主に、 3年前でここで買った指輪を今日もしてますと見せたら、驚き喜んでくれた。
しかし、暑さには耐えられず船に逃げ帰る。丘の上の大聖堂は船から見るだけに。この日の出航は夜12時で、夕方から出かけて盛り上がることもできたけど、昼間の値段にすっかり及び腰。
いよいよイビサを離れる深夜12時。昼間居たマリーナのあたりから花火が上がり30分も続いた。パーティーアイランドは毎晩こうなのかと思ったら、この日は特別で、イビサ島のお祭りの締めくくりだったんだって。

9 マラガ ― イカ墨パエリアと地中海足ポチャ

地中海側の最後の寄港地、マラガに到着。長ーい埠頭の右側がビーチ。左側に湾を見るレストラン。街は更にその先だけど、レストランとビーチまで歩いて行ってみることにする。
グーグルマップで見て数軒かと思っていたけれど、ビーチの反対側は立派なショッピングセンターになっていて、インド料理などいろんなタイプのレストランが並んでいる。なんだかアフリカっぽい店構えだけどイカ墨パエリアがあると聞いて、Cambaraに入る。
ダークなノンアルコールビールとその向こうにカヴァのサングリア。もっと向こうにどこかの島に行くらしいフェリー。船のレクチャー「写真の撮り方」で教わった方法で取ってみた。つまりポートレートモードで撮れってことなんだけど。確かにちょっと雰囲気が出るかな。
つまみにブッラータのサラダ。ブッラータ巨大。
そしてどっかーンと来た! アロス・ネグロ(イカ墨パエリア)。イビザで食べたのよりイカ墨がたっぷりで、こっちの方がずっと美味しい。鍋にこびりついているおこげもゴリゴリこすりとって、きれいに食べ尽くした。
お腹いっぱい、上機嫌で反対側のビーチへ。この日の気温は30度以下でカラッとした風が吹いて気持ちよかったんだけど、砂浜は焼けていてやっぱり暑い。
地中海って冷たいんだよね。ひざ下まで入るのがやっと。上半身はじりじり日に照らされ足は冷たい水でじんじん冷えて、頭がくらくらしてくる。
セレブリティ・エイペックスのお尻がすぐそこに見えている。船からビーチに真っ直ぐ来る人も多かったみたい。

10 ル・アーブル ― ムール貝のはずだったのに

ル・アーブルの港に到着。表示では「パリ(ル・アーブル)」だけど、実際はパリまではバスで3時間もかかる。港を降りたらすぐにエッフェル塔があるわけではない。
大阪港に到着するのに京都と表示するようなものかな。
皆さんこぞって朝早くからパリにお出かけなのか、船内はがらがらに空いている。船尾のオープンデッキがこんなに空いているのも初めて。プールサイドもジャグジーもマジックカーペットも、どこもかしこもからっぽだった。
クルーズターミナルのインフォのお姉さんが、「ル・アーブル4時間お散歩マップ」にぐるぐる丸を付けながら説明してくれる。
ショッピングセンターに行くなら右。旧市街は船の目の前。レストランはこの通りにたくさんある。MUMAにはぜひ行ってね。モネがあるのよ。モネはこの町にいたことがあるの。ジヴェルニー(モネの家と庭)に行くならバスで1時間半。パリより近いわよ。
MUMAというのはアンドレ・マルロー美術館のこと。マルローってうろ覚えだけど、作家でフランスの文化大臣だっけ。
ジヴェルニーは行ったことあるのとお姉さんに自慢して、レストラン街に来てみる。確かに、運河沿いにレストランが点在している。しかし、暑い。この通りのさらに先にあるMUMAに行くのはかなり無理そうだ。
テラスレストランLe Transatに入るものの、フランス語のメニューに四苦八苦。早く注文しろよ、みたいなウエイターにお魚は無いの?と聞いても英語は全く分からないと言われる。仕方なくメニューを指さし注文。来たのはパテと生ハムだった。これはこれでたいへん美味でした。
私たちより後から来たアメリカ人らしい人たちが、バケツに入ったムール貝をむしゃむしゃ食べている。あれ? あんなのメニューのどこにあったのかしらと思ったら、お店の前のボードに私にもわかるフランス語でMoules-frites(ムール貝とフライドポテト)と書いてあるではないか。これを指さし注文すればよかった。悔しい。

7 いよいよ夕陽の日食観測 🌒🌅 

このクルーズのハイライトは、 2026年8月12日現地時間20時27分からの夕陽の皆既日食だった。
出発前に日本のアマゾンで日食用メガネとカメラ用の遮光下敷きを購入。悩ましかったのは船が右舷・左舷・前方・後方のどこを日食側に向けるのかだったけど、部屋は右舷側を予約。(だって、絶対マジックカーペットがある右舷側を日食に向けると思ったんだもん) 前日の日食のレクチャーにももちろん出席し、念のため講師の言うことはアイフォンに録音して、後でAIで翻訳。(翻訳を読んで、けっこう聞き取れてないところがあるんだなあとがっかり)
 
前日の夜にシアターで、「明日の夜は左舷側を日食の方向に向けます!」という発表を聞き、がっくり落ち込んだ。この日食を見るためにわざわざ日本から来たのに、日食は部屋の反対側なの!?
落ち込んでばかりもいられない。翌朝さっそく船上のデッキに出て、どの位置から日食を見るのがいいかなとうろうろしてチェック。マヨルカのツアーで一緒だったご夫妻からここだよ!とオススメの位置を決めてもらって、その場所に陣取ることにする。このご夫妻は左舷側の最上階のお部屋だそうで、ひさしが突き出ているから立ち見では視点が高くなりすぎる。インフィニットベランダにクッションを敷いて、床に座って見るつもりだと言っていた。
日食観測のために選んだ位置はここ。プールデッキを見下ろす最上階で、天空も水平線もばっちり見える。
手すりに沿ってデッキチェアが並ぶこの場所は、長時間の待機にうってつけだ。ビーチタオルをかぶってミイラみたいになってるのは私だけで、左右の人たちは水着にサングラスで、日光をたっぷり浴びている。気温30度の中、何時間も! 本当にすごいなあ。
午後4時に出港。同じ港に停泊していたセレブリティ・エキノスとすれ違う時は、汽笛を交互に鳴らしてエール交換。もちろんデッキの人たちもお互いに手を振りあう。
船が動き出した途端に、最上階のデッキはものすごい強風が吹きすさぶ嵐が丘になってしまった。人が座っていないデッキチェアが飛びそうになり、クルーががどんどん片付けていく。慌てて部屋からウィンドブレーカーや長いパンツを持ってきて重ね着して防風防寒武装。今度はビーチタオルが毛布代わり。
時間は7時半を過ぎ、やっと太陽が欠け始めた頃にまさかの薄雲が出現!
太陽フィルターを通して見ると、こんな感じ。このとき船は太陽にずっと船尾を向けていた。なので左舷の部屋で待機してた人たちは、いったい何が起こっているのかさっぱりわからなかったと思う。
あと20分で皆既日食となったときに、やっと船は左舷を太陽に向けた。太陽はもう三日月状態。雲はあるけどちゃんと太陽も見える。
皆既日食が始まる1分ほど前から空は夜のように暗くなり、飛び回っていた海鳥も姿を消した。デッキでわいわい言っていた人たちも黙ってこの瞬間を見つめる。皆既日食の80秒程度の間は、肉眼ではっきり太陽の周りのコロナを見ることができた。
誰もが言葉を失うような神秘的な瞬間を、ついに見ることができた感動で涙が出そうになった。このためにわざわざ日本からサウサンプトンまで来て、さらに船で北スペイン沖のビスケー湾までやって来たのだ。

ジャグジーで一緒になったアメリカ人のご夫婦は、日食を見るのが好きでこれが4回目になると言っていた。私たちに最適な鑑賞場所を教えてくれたカナダ人のご主人は、スマホで何やら複雑な計算をして、太陽高度を割り出していた。
翌朝からは日食見ましたか?が挨拶言葉のようになった。「ジブラルタルも行く?」って。
そう。2027年は8月2日からジブラルタルからエジプトにかけて、観測史上最長クラスの皆既日食があるのだ。もちろん、この海域にクルーズ船が大集合する。2026年の日食の日のラ・コルーニャで、陸上観測の人たちでの大混雑ぶりはすごかった。(多分ホテルもすごく高くなってたんだろうな。) だからクルーズ船でデッキチェアに座って日食待ちができる日食観察クルーズは、とってもお勧めだ。
どんな船が2027年8月2日にジブラルタル沖に行くのかな。どうぞ>>こちらから、ご覧ください。

8 ロンドン+サウサンプトン前後泊🏰💂

東京からまずはロンドンへ

旅行のスタートはトラブル続き。
羽田からの飛行機の出発が、約4時間遅れたうえ、乗る予定のBA8便と次の便BA6便を間違えて違うゲートでボケっと待っていた。
放送で名前を連呼されてやっと気づき、係員と一緒に本来のゲートまで走る破目に。ダッシュでチケットゲートを通り、搭乗口までの階段をよたつきながら下りていたら、「もっと早く!」と後ろから怒られた。ひえー。
もうー、フライトナンバー位ちゃんと覚えとけ!
一生の教訓だ。置いていかれなくて本当によかった。

ヒースロー空港に夕方に到着の予定が、夜10時過ぎになってしまった。成田エクスプレスみたいな急行列車ヒースローエクスプレスはあきらめて、ロンドン名物のブラックキャブでホテルへ。大きな荷物三個と人間が数人ゆっくり乗れる広さには感嘆したけれど、運転手さんは荷物を車に入れるのを手伝ってくれない。運転席はがっちり防犯パネルで仕切られているので、会話をするにはいちいちマイクボタンを押さなくてはいけない。この後乗ったウーバーやカーサービスのほうが、運転手さんは手伝ってくれるしいろいろ話しかけてくれるし、車は小さいけれど楽しかった。(ブラックギャブでも頼めば荷物を運んでくれるそうです。)
ホテルはシタデーン Citadines Trafalgar Square。キッチン付きのアパートメントホテル。お掃除は一週間に一回でゴミがたまるのが嫌なら自分で出す必要があるけれど、けっこう立派なキッチンが部屋にあって窓もちょっと開く。収納スペースがほとんどないので、スーツケースを開けっ放しにしてタンス代わりに使うのが不便だけど、PC2台が広げられるテーブルもある。3泊ぐらいなら十分だった。
部屋に入ったらちょうど、2026年サッカーワールドカップのスペイン対アルゼンチンの決勝の最後の30分をやっていた。後半が終る直前にアルゼンチンの選手が2枚目のイエローカードで退場。延長戦は選手10人のアルゼンチンとゴリゴリ攻め続けるスペインとの戦いで、ついにアルゼンチンが力尽きたあの試合だ。さっさと明日の朝ごはんを買いに行き、お風呂に入って早く寝たいのに、テレビの前からGは動かない。部屋の写真撮るのに邪魔なんだってば。
ホテルの前の通り。石造りの建物とプラタナスの並木が続く。テムズ川もすぐそこで、後ろはトラファルガースクエアだ。でも部屋からは見えない。
部屋の窓から見える隣のビルの屋上には、ロンドン名物の小さな煙筒(チムニー)がたくさん。見るたびに「チムチムニー、チムチムニー私はえんとーつ掃除屋さん!」と歌ってしまう。同時に産業革命時代には子供が煙突掃除業に従事して悲惨な目に合っていたという歴史も思い出す。
どこを切り取ってもきれいなロンドンの街並み。特にこのカーブを描いて続くリージェント・ストリートの建物群には驚いた。大航海時代や産業革命以降、世界中から奪ってきた富の象徴かな。
歩き回ってお腹が空いたので、カフェでモダンスタイルのブランチセット。スモークサーモンとポーチドエッグ、アボカドトースト。このたぐいのサンドイッチやピタは、カフェで頼んでもスーパーマーケットでテイクアウトしてもはずれがなくおいしかった。
ホテルからビッグベンに行く途中に偶然見つけた、ホース・ガーズ(Horse Guards)王室騎兵隊の騎馬衛兵。お馬さんに衛兵が乗って、門からちょっとだけ顔を出してくれる。やがてそろそろと後ろ足で門の中へ。馬も衛兵もカッコよかったー。
その近くに貼ってあったポスター。王立海兵隊が、演奏しながら隊列行進する「Beating Retreat」。前週のイベントだったけど、その華やかさは想像できた。
威風堂々のイギリスの 国会議事堂とビッグ・ベン。大航海時代や産業革命以降、世界中から奪ってきた富の象徴だな。(と繰り返し思ってしまう)
ウェストミンスター橋から振替ってビッグベンを見る。風が通って気持ちいい。
テムズ川には、ホップオンホップオフバスみたいな「Uber Boat」が走っている。もちろん乗ってみた。 大観覧車ロンドン・アイから向こうが、高層ビルがそびえるロンドンの新市街。
テムズ川の向こうに見える、尖った超高層ビル「The Shard(ザ・シャード)」。あの上に登るには相当払わなくてはいけないらしい。なので近寄らず。
Gの先輩ご夫妻とご一緒したテムズ川沿いの有名パブ、The Samuel Pepys(サミュエル・ピープス)。17世紀のイギリスの官僚で作家だったサミュエル・ピーブスの原稿が飾ってあった。建物自体は19世紀の倉庫だったそうだ。テムズ川を眺めながらビールが飲める。
ここで出てきた巨大なフィッシュアンドチップス。ビールは乾杯後すぐ飲んじゃったので写真撮ってない。
そのパブをテムス川の反対側から見るとこんな感じ。
故ダイアナ妃が結婚式を挙げたセント・ポール大聖堂。鉄の女サッチャー元首相のお葬式も行われたそうだ。
16世紀に世界周航を行った船「Golden Hind」の再現展示。中は博物館になっている。こんな小さな船で世界一周なんてすごい。しかも女王様公認の海賊船だったそうで、スペインからごっそり奪ってきた財宝で、イギリスの国家予算が潤おったそうだ。。。
タワー・ブリッジ。その隣のロンドン塔とともにイギリスの恐ろしい歴史の象徴だ。 でもやっぱり写真ぐらい撮らなきゃね。
そしてやってきました。ミュージカルSIX。16世紀のイギリスの王様ヘンリー八世が、次々娶っては離婚したり殺したりした6人の妻たちが、ガールズバンドを結成して歌い踊る、というストーリー。
歴史を皮肉って歌う細かいところがわからず悔しかったけど、ニューヨークのブロードウェイの大劇場にはない雰囲気と内容の濃密さは楽しめたと思う。

クルーズの前日からサウサンプトンへ

ロンドン3泊のあと、いよいよ明日から乗船という日、ロンドントラファルガースクエア近くのホテルからサウザンプトンに移動。ロンドンから列車、バス、又は空港から船会社のシャトル。。。どうやって行くかあれこれ悩んだんだけど、一番簡単なカーサービス(個人送迎)にした。
なにせ初めての1カ月の旅行で荷物が多いし、自分たちでどれくらい運べるかもわからなかったので。
サウザンプトンでの前泊のホテルはグランドハーバーホテル(Leonardo Royal Hotel Southampton Grand Harbour)。 バルコニーもバスタブもあるちょっといい部屋。お部屋は広いしお湯はジャージャー出るし、申し分なし。セレブリティのクルーズターミナルもすぐ近くだ。
ホテル近くの、大きなショッピングセンター。ここで食事して、ホテルで食べるお惣菜とビールとワインと、船に持ち込むものを買い足す。
ホテルとショッピングセンターの間が、中世の城壁になっている。万里の長城とは言わないけれどここも、防壁都市だったことがわかる。
古い古い石の教会。
城壁の後ろの街並みは、こんなかわいらしさ。ロンドンほどの刺激はないけれど、ゆっくり過ごすのにちょうどいい場所だと思う。
部屋でダラダラしながらテラスから夕陽を見る。右手のほうにカーニバルUKのオフィスビルがある。平日のこの日は、ちゃんとオフィスに電気が付いていた。皆さん真面目にお仕事しているのね。
明日はいよいよ乗船だ―。眠れるかな。

下船後は再びロンドン

8月15日にサウザンプトンで下船。ロンドン市内までは高速バスNational Expressで行く。2週間前にサウザンプトンに来た時に、高速バスの発着場(サウザンプトン駅の近く)のチケット売り場で、朝9時15分発(12時20分にロンドンのビクトリアコーチステーション到着予定)・返金/変更不可の一番安いチケットを人間2人と荷物3個分で購入していた。合計56.8ポンドなりー。
実はイギリス旅行もサザンプトン発着のクルーズも初めてなので、何もかも不安だらけだった。 9時15分発の高速バスに乗るためには何時に船を降りればいいのか。船を下りたところにタクシーはちゃんといるのか。。。
地元だからイギリス人が詳しいかなと思って聞くと、自宅から車で来てるから分からないと言われる。アメリカ人に聞くと、船のシャトルで空港まで行っちゃうから民間のバスはわからないと言われる。
実際は下船口にはタクシーがいっぱい待っていたし、ナショナルエクスプレスのバス停まで、10分もかからず着いてしまった。タクシーの運転手さんは近距離にも関わらず機嫌よく親切だった。荷物代のチップを5ポンド札で渡したからかもだけど。(チップに大きいお札しかなかったら、お釣りをもらうのはぜんぜんおかしくない。はず。でもまあ、いっか。)

なのでナショナルエクスプレスバスの出発を待って1時間ぐらい停留所で待つ羽目になった。トイレ付きのバスとは聞いていたけれど、衛生状態が不明だったので発着所の有料トイレも活用。トイレのバーを開ける細かい小銭がなかったので、売店で買い物してコインを作る。(チケット売り場で頼んだんだけど、できないと言われてしまった。ケチだなあ)
バスは満席だった。車内はきれいで席もゆったり。トイレもまあまあだったそう。
バスはまずヒースロー空港に到着。ロンドン市内直行だと思い込んでいたのでちょっとショックを受ける。だったら船の前から船会社のシャトルでここまで来た方が楽だったんじゃない。
でももうしょうがない。そのままバスに乗り続け、だいたい時間通り12時過ぎにビクトリアコーチステーションに着いた。
ビクトリアコーチステーションはホームレスがゴロゴロしていてトイレも匂うし、あんまり気分がよくない。ここからホテルに行く道は不案内なので、仕方なく道路を渡ったところにあったタクシー停留所でブラックキャブを待つ。
ホテルまでわりと遠くて、ブラックキャブ代が高速バスのチケット代の1人分以上かかってしまう。でもキャブの車内のこの余裕はさすがだ。荷物はやっぱり運んでくれなかったけど。。。か弱い女性同士だったら手伝ってくれるのかも。今回は一応健康体に見えるおじさんといっしょだからなあ。アジア人は若く見えるし、仕方ない。
次にサウザンプトンからロンドンまで来て後泊するときは、移動方法とホテルの場所を、もっと工夫した方がいいなと思った。
例えば船からのシャトルで(途中観光を挟むコースもある)ヒースロー空港まで来て、そこからロンドン市内行き急行列車ヒースローエクスプレスでパディントン駅まで。その近くにホテルを取るとかね。
さて、ロンドンで後泊したのは、前泊したのと同じキッチン付きのアパートメントホテル、シタデーンのコベントガーデン(Citadines Holborn - Covent Garden)。窓が開いてPCが並べて置けるなら、私達には十分
このホテルは全室バスタブ付き。
部屋のキッチンの電気コンロや電子レンジを使うのに毎度大騒ぎ。ホテルが用意しているQRコードからアクセスしてマニュアルを苦労して読むより、AIにメーカーと型番を教えて使い方を聞いた方が早い。
部屋ではこんなもんばっかり食べてた。豆やチーズの入ったサラダや生野菜。そしてトースターでパンを焼く。夜は冷凍のミートボールやラザニアをフライパンで焼いたり。ホテルのすぐ前がウェイトローズというちょっと成城石井みたいなスーパーで、他も行ってみたけどやっぱりここのが良かった。
3日泊まるので安心してワインもボトルで買えます。
今度のホテルはコベントガーデンの近くにある。クルーズ前に泊まったトラファルガーに比べてずいぶんモダンなエリア。でも高層ビルが立ち並ぶニューロンドンとは違って、建物や街並みは古いままで、そこに新しいお店が入り、マーケットに若い人が集まり活気がある感じ。
19世紀の建築のアップルマーケット(旧市場)。ショッピングセンターみたいになっていて、大道芸もたくさん。見て笑って写真撮ったりしてるとすかさず相棒が寄付してねと近寄ってくる。オンラインでの支払いもOKです。
2階のテラス席が空いてると言うので入ったお店。鼻ピーやタトゥーのウェイトレスは親切、ランチメニューはヘルシーでおいしかった。
後泊のロンドンでは美術館へ行こうと決めていた。まずはヴィクトリア&アルバート美術館へ。19世紀の大英帝国時代のおしどり夫婦ビクトリア女王と旦那さんのアルバート公のコレクション。着物の展示を見たかったのだ。
日本の美術品は中国コーナーの奥の「TOSHIBAギャラリー」にあった。
いわゆる小袖や振袖系の展示はたったの三枚でがっかり。2020年に大々的な着物コレクション展をやったのをテレビで見たけれど、壮大な1600年代からの着物コレクションを見るには事前予約が必要だそうだ。着物好きを誘って、展示品を見る予約をしてまた来たいなあ。ご一緒しませんか!?
これは中東コーナーにあったアラビアの衣装。他にも世界各国の工芸品がたくさんあってとても1日では見切れない。Gは中世の楽器を見つけて喜んでいた。この美術館ではファッションのコーナーが2028年の夏にできるそうだ。それもぜひ見てみたい。
ロンドンの美術館はたいてい無料で入場できて写真も撮り放題。有名どころでなければ空いていてゆっくりできる。どこからどうやって盗ってきたのかなって詮索したくなるような展示品もあるけれど、きちんと保存されて丁寧な説明が付いているのは好印象だ。
翌日はナショナルギャラリーへ。オンラインで事前予約。無料だけど寄付はしてねという感じ。はい。しました。
入場は待たずに入れるけど、あちこちの人から「寄付してね」「寄付してね」「寄付してね」「寄付してね」と言われる。「しました」と言うと引き下がる人と、「もっとしてね」と言う人がいる。
インフォに行って、オンライン寄付をしてるんだけど館内マップは貰えないのですかと聞いたら、本当は有料だけどあげるわ。みたいに渡してくれた。もちろん丁寧にお礼を申し上げました。オンラインアプリで日本語ガイドもダウンロードし、見たいものを最短距離で見て回れるよう準備万端 レッツゴー!
レオナルド・ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」
やっぱりこの人だかり。人気の絵は、ガイドが率いる団体さんとか写真を撮る人たちで三重位の人垣になっている。でも辛抱強く待てばちゃんと絵の前に立てるし、オーディオガイドの解説を聞きながら、じりじり近づいていく技も身につけた。
ファン・エイク「アルノルフィーニ夫妻の肖像」
奥にある鏡には画家自身の姿が描かれているとか、周りの小物にこんな意味があるとか、こんな言葉が書き込んであるとか。解説を聞きながら顔を近づけたり離したり、写真に撮って拡大してみたりといろいろできた。
ターナーの「戦艦テメレール号」
大航海時代の戦艦の、維持費もなくなり解体場に向かう直前の姿だそうで。船好きの私にはなんとも胸が痛む絵だ。
日本では近づくだけで3時間かかったらしい「フェルメール」。(2026年8月から9月の大阪中之島美術館のフェルメール「真珠の首飾りの少女」展のニュース)
ここなら二枚いっぺんに、写真撮り放題で、なんなら1日中この前に立ってても構わないというガラガラ感で見ることができる。
左は 『ヴァージナルの前に立つ女性』で、右は 『ヴァージナルの前に座る女性』。左の女性は天使の絵の前に立つ可愛い子ちゃん風なのに、右では金持ちのヒヒ爺を騙そうとしている娼婦とやり手婆を描いた絵の前に居る。ふむふむ。なるほど。
日曜日の午後は、マチネー(昼公演)で取ったミュージカル、ヘイディズタウンへ。時差ボケも完璧になくなり、クルーズで体力をビンビンに養って、体調万全で鑑賞できるぞっ。
上演しているのは、1888年開場のリリック・シアター。4階まで席があって、さらに横には桟敷席も。高ーい天井のシャンデリアにも、壁や天井のしっくい模様にも、丸い柱にも、圧倒される。
黄泉の国に死んでしまった恋人エウリディケを取り戻しに行き、地上に戻るまではぜったいに振り替えるな、と言われて歩き出すオルフェウスが主人公の、あのギリシャ神話がミュージカルになっている。
ストーリーはわかっているのに、取り返しがつかない失敗に向かって進んでいくオルフェウスの姿に涙が止まらなくなってしまった。人生って何度、こういう取り返しのつかないことの繰り返しなんだろう。。。涙と同時に鼻水も垂れる。でも鼻水をすすっていたら音楽が聞こえない。ティッシュで鼻をぎゅっとつまみ、息を止めてしゃくり上げをこらえ、酸欠でくらくらしながら舞台にくぎ付けになっていた。
いやー、生涯最高のショーでした。音楽もダンスも演出もすごく良かった。この劇場ではシックスと違って写真OKの時間がなかったので、道路の反対側から劇場のポスターを撮影。マチネーだったからか主役のオルフェウスはポスターとは違う人(いつもは5人の群舞の中にいるらしい)だったけど、その人も最後フィナーレの時に涙していたくらい、いい出来だった。
ミュージカルを見終わり、余韻に浸りながらロンドンの街をふらふら歩いていたら、右の建物と左の建物をつなぐ橋が目についた。「あれ?、この橋、テレビで見たことある」そう。右のロイヤルバレエスクールと左のロイヤルオペラハウスをつなぐ橋なのだ。いつかはこの橋を渡って舞台に立つ、のがバレエスクールの生徒たちの夢なんだって。
左に回ってロイヤルオペラハウスの玄関に行ってみた。今日は公演がないみたいで、がっちりした黒人の守衛さんが立っているだけだった。でもレストランは営業している。入ってまっすぐ行ってエレベーターで上がって、エスカレーターで降りてこられるとも教えてくれた。この写真はその途中にあった劇場の入り口。シーンとしたホールに緊張して、写真がぼけてしまった。
エレベーターで上がったら本当にレストランがあった。しかもコベントガーデンを見下ろす、最高の眺めのテラス席に通してもらえた。
ここでサラダや魚貝のフリットやパスタなど食す。味も値段もむむむであったが、こんな日はそんなことはどうでもいいのだ!!

9 そして旅が終わった

こうして私たちの生涯最長1カ月の夏の旅行が終わった。最終日は、ウーバーでホテルの横からヒースローへの直行特急列車のあるパディントン駅へ。そこから15分間隔で出ている列車でヒースロー空港へ。便利で段差もないしとても楽ちんだったけれど。ヒースローエクスプレス片道26ポンドの請求が日本円で5805円で来て驚いた。成田エクスプレスなら3000円なのにね。それまで持っていたポンドを使っていたのであんまり実感してなかった。物価というよりこれが円の実力なんだろうね。

でもNo ginger 生姜ない。しょうがない。(しょうもない。。。けど旅行中何度呟いたことか) だから海外旅行を控えるかというと、そんなことはしない。だって世界各地の紛争で、行けるところがどんどん少なくなっている今、やっとコロナが終わって、でも次にまたあんな感染症が出てこないとは言い切れない今、今行かなくていつ行く? 
自分の旅行寿命だって心配だ。元気に暮らせる年齢を健康寿命というならば、元気に旅行できる年齢の限界もあるだろう。実際クルーズ中に人生の先輩たちから、何度言われたことか。

今回2周目にクルーズが移るころから、Gが膝が痛いと言い出して焦った。このまま治らなかったら、スーツケース2個とボストンバッグ1個を重ねて転がし、PC3台背負って、さらに膝が痛いおじさんを支えて、私は旅行を続けることができるんだろうか。。。

今までクルーズで体調を崩したことはなかったけれど、今回後半も終わりかけの頃に疲れと微熱が出たりした。日食の日に半日カンカン照りの日向にいて、残りの数時間は風に吹きさらされ、さらに翌日はビルバオのグゲンハイム美術館を歩き回った日の夜だった。 毎日たっぷり寝てるはずなのに、悔しかった。
この時は厚着と持参の生姜パウダーで作った即席ジンジャーティーで何とかしのいだけれど、いつまでも病気知らずの体調でずうっと旅行できるわけでは無いのだなぁと思い知った。
なので、これからもワーケーションに行くのだ。体と気持ち(とお金)が尽きるまで。幸いなことに、船旅は長期になるほどお得でらくちんだ。杖付いたり、酸素ボンベと一緒だったり、車椅子に乗っていたり、たまにはその車椅子を押すナースも一緒だったりしながらクルーズしている人たちを、今回もたくさん見かけた。心強かった。
ほとんど眠れない14時間のBA便を経て羽田へ。32日ぶりに家へ戻ると、心配していた植木は枯れていなかったし、それほどボーボーでもなく、テレビやプリンターもちゃんと動いた。
ただし、机の上に置きっぱなしにしていた古いアイフォンは膨らんで使い物にならず、久しぶりに動かした食洗機は水漏れして動かなくなった。(修理の人に排水溝にカビが詰まっていたと言われた。食器洗いが終わった状態で片付けるのを忘れて出かけちゃったからかな)
何事も経験と蓄積。次のお出かけ前はこれらをちゃんとチェックするのだ。さて次はどこに行こうかな。もっと上手に、もっと楽しみますとも。

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