2026年4月9日

セレブリティ・ソルスティスで南太平洋クルーズ
海と風、時々島 サンセットパーク最高!(2026年4月)

日本政府が後押しするテレワーク制度とイーロンマスクのスターリンク(衛星高速インターネット)のおかげさまで、とうとう私たちも長期クルーズに行けることになった!
まずは、セレブリティ・ソルスティスで南太平洋をシドニーからハワイまで。 ニューカレドニア、フィジー、サモアをめぐる16泊17日のクルーズだ。
時期はまさかのトランプのイラン戦争の真っ最中。中東経由のヨーロッパ便が次々欠航になる中、平和で安全な南半球に行く便は余裕の運行状況。8時間ちょっとのフライトで時差はたったの1時間(サマータイムの時は2時間)。ラクチンさを実感した。
南太平洋クルーズ、これからのイチオシですね。

1 南太平洋片道クルーズ(このクルーズにした理由)

いよいよ2026年4月から私たちもロングクルーズに行けることになった。
ロングクルーズといえば、お得なのは片道クルーズ。春と秋がシーズンだ。
日本からアラスカに行くもの、フロリダからヨーロッパに行くものなどいろいろあるけれど、まずは南太平洋片道クルーズに挑戦だっ。
以前ゴールデンウィークにハワイからバンクーバーに片道で行った時は、ハワイを出た途端にどんどん気温が下がりはじめ、プールサイドは震えながら早足で駆け抜けるだけのエリアになってしまった。でもこのシドニーからニューカレドニアやフィジー/タヒチ、サモアを通ってハワイまで行くコースは、見るからに温かそうで バルコニーでのんびりできそうな感じ。

南太平洋片道クルーズをするのは、冬場はオーストラリア・ニュージーランドを、夏場はアラスカクルーズをする船たち。つまり、プリンセス・ロイヤルカリビアン・セレブリティってところかな。
もう少しでエリート会員になれるセレブリティで、最新鋭のセレブリティ・エッジがタヒチに行くので迷ったけど、ややリーズナブルだったセレブリティ・ソルスティスにした。その分お部屋はポイントが一晩5ポイント付くコンシェルジュクラスに。飲みホとプレミアムWifiも付けて、予約した。
■ 荷物は大移動仕様
いつものリモワ80-90リッター級トランク2つに、大きなボストンバッグ。
そろそろ気温が20度以下になる季節のシドニー用の防寒着と、南太平洋の島々を巡る時のリゾート着+水着数種類。部屋着と体操着、寝巻。20日分の洗面用具と、健康維持のために部屋で食べる切干大根とジンジャーパウダー。そしてトランクのほぼ半分に私の着物5枚、帯5本、Gの着物と羽織まで入れる。
しわになってもよいものは空気抜きバッグで圧縮したので、トランクは24キロと25キロになった。(もちろんヘビーのタグが付いた)
真空衣類圧縮袋(>>こちら)を初めて使ったけど、なかなか便利。でもポンプを持って行くのを忘れたので、帰りは使えなかった。おそまつー。
■ 着物メモ
フォーマル用に絽の附下と金の蝶が飛ぶ派手めな絽の小紋。ひとえは小紋と紬二枚。それに合わせて夏帯5本。シドニー2泊+船16泊分を組み合わせて着る作戦だ。
ただし船内は意外と寒いので、全部ひとえでよかったかも。フォーマルは16泊で3回だった。有料のスペシャリティレストランに行くなら、ちょっとおしゃれするのが楽しい。フォーマルの日にスペシャリティレストランに行ったので、フォーマル用は1枚でよかったかも。(でも1枚だけだと寂しかったかも)

2 さーていよいよ乗船だっ|乗船日のオペレーションとお部屋

シドニー2泊目の乗船日の朝5時半。(日本はまだ朝4時半)
夜明け前になにやらそうっと近づいてくる気配を感じてぱっちり目が覚める。慌てて部屋の窓に駆け寄るとやっぱり!セレブリティ・ソルスティスが港のハーバーブリッジの向こうを通るところだった。
おはようソルちゃん! 今日からよろしくね。私は手を振って挨拶をする。

11時前にホテルを出発。ホテルからクルーズターミナルまでは、海沿いの道一本で、段差もない。しかも10分くらいで歩けることは、シドニーに到着した当日に学習済み。同じホテルの同じ船に乗るらしいお客さんとも話をして確認済み。トランクをゴロゴロ押しながら歩き、ときどき止まってキャーキャーはしゃぎながら写真を撮って、乗船口にとうちゃくー。
11時過ぎだったと思うけれど、荷物はすぐに預けることができ、まもなく優先チェックインの人たちの入場が始まった。
セレブリティは出発日の45日前からオンラインチェックインができ、オンラインチェックインの希望時間もその時に選ぶことになっている。だけど私はぼんやりしていてギリギリまでオンラインチェックインをせず、登録時間が13時になってしまった。それでも何とかなるだろうと楽観的に11時過ぎに乗船口に来てみたのだ。 意外と早い間隔で「11時半の人」「12時の人」「12時半の人」とコールがあり、11時40分にはもうターミナルに入ることができた。よかった。

ただし、そこからやっぱり準備不足が露見。。印刷するのを忘れてきた荷物タグはホテルで印刷してもらったけれど、米国ESTAの証明はちゃんと印刷したのにトランクにしまい込んだまま乗船口で預けてしまった。乗船手続きカウンターでESTA見せてと言われて、スマホからPCのフォルダにアクセスして、必死に探すことになった。
私ってば40回以上もクルーズに乗っているベテランなのよ、なんて自慢はどこへやら。油断しすぎでいるとこうなります。気を付けましょう。

乗船後は、まずコンシェルジュクラスの特典ランチへ。専用レストランがあるスイートのお客様以外は、最上級会員ゼニスとコンシェルジュクラスだけ、乗船日のお昼に特別メニューの食事ができるのだ。スイートレストランと違って、メインダイニングルームでだけどね。
オーストラリアとアメリカからのご夫婦と相席になり、聞き取りにくい英語にくらくらしながらも、自己紹介。(この後ずっとオーストラリアとニュージーランドの英語には呆然とすることになる)。
皆さんロングクルーズのベテランで、島ではビーチがすぐだからツアーは不要とか、各港から行けるおすすめの美術館など教えてくれる。 さあいよいよ、私たちにとっては最長のクルーズが始まるんだなあ。からだがしびれるくらい、嬉しくなった。
■ コンシェルジュクラスのお部屋
今回のお部屋は、12階のコンシェルジュクラス2108号室。
アクアクラスと同じポイント(一晩5ポイント)が付くのに、料金はだいぶお得。しかも12階のプールに近い位置で、変形バルコニーが広く使える。大好きなソラリウムやジムが同じフロアにあり、ビュッフェは一つ上で、コーヒーもすぐにとりに行ける。
プールサイドのステージがすぐ近くだしビュッフェの入り口が上の階なので、あまり静かな環境ではないのかもしれない。だからこの奥はずっとスイートのお部屋なのにこの入口近くだけコンシェルジュクラスなのかな。
でも私たちは最初から最後までずっと気持ちよく過ごせた。変形のバルコニーにバスタオルを敷いて、海を見ながらストレッチも楽しめた。騒音もあったのかもしれないけど、部屋でGが流す音楽のほうがずっと大きい音だったので気にならなかった。

お部屋係はバリ出身のPUTU君。ハンサムな好青年で、ガールフレンドは日本でお仕事してるんだそうだ。
挨拶がてら枕やベッドメークの好みを伝え、スリッパ持ってきてとチップを渡す。「コンシェルジュクラスにスリッパは標準装備じゃないんだよ」と言いながらもちゃんと調達してくれた。ホテルとかでよくあるへにゃへにゃのパイルのスリッパだから、16泊のクルーズなら家からもっとしっかりしたのを持ってきてもよかったかも。
部屋に何とか荷物を収めて、いよいよ出港時間。これも特別招待の船首のヘリポートに行き、大きい人たちの隙間から、出港風景を眺める。どしどし配ってくれるスパークリングワインで、かんぱーい。
後日のレクチャーで聞いたんだけど、美しい出港風景で有名なこのシドニーの港は実は、航海士の人たちにとってはとても操縦が難しい港の一つなんだって。確かに、船は一旦後ろ向きに埠頭を離れて、シドニーブリッジとオペラハウスの間を半回転。そして船首を外海に向けてそろそろと進む。しばらくは入り組んだ湾内を通るので景色がとてもきれいだけれど、外海に出ると急に風が強くなって寒くなる。いよいよ、南太平洋をハワイまで北上だー。

3 南太平洋片道クルーズに集う人たち

今回のクルーズの国籍別トップファイブは、オーストラリア1,223人、アメリカ839人、カナダ255人、イギリス232人、ニュージーランド90人。 クルーは58か国から来ているとのことだった。
こういう発表をあえてしてダイバーシティを強調するところがセレブリティらしいと私は思う。エンターテインメントチームもオネエっぽい人が居たり、お客さんもけっこう同性カップルが多い。マッチョな男性ばかり恰好よく決めてバーに集っているところなど、なかなか迫力があります。(着物姿で通ると、あらステキねーなんて言われちゃう)

16泊の片道クルーズなんてお仕事はとっくに卒業した老人ばかりのイメージだけど、確かに8人テーブルでリタイアした人は6人はいたけれど、けっこう皆さんお若い。そしてまさに悠々自適。ジャグジーなどでは「どんな財産を持っていて年金は年率いくらで回してる」なんて言う話を好んでしている人もいた。
会社員の現役組は、5年以上勤めれば60日の連続休暇を貰えると、オーストラリア人もアメリカ人も言っていた。だからこの旅程もシンガポールから連続乗船してるんだそうで。ホノルルで下船せずにバンクーバーまで行くという人もけっこういた。なんと14泊+16泊+9泊の39泊! 現役お仕事組はEメールのチェックぐらいは毎日していると言っていた。「デリート・デリート・デリートばっかりだけどね。削除しておかないと戻った時大変だから」と2人とも銀行に勤めているというオーストラリア人のご夫婦は笑っていたけれど。
これも衛星回線の高速インターネット スターリンクのおかげさまだ。私たちも去年に引き続きモバイルお仕事セットを持ち込んで、窓際のスペースに設置。Eメールはもちろん、電話だって会議だってできちゃうのだ。

4 あえてメインダイニングが正解!

セレブリティクルーズは今まで3回連続でアクアクラスに乗っていたので、夜にメインダイニングに来ることはなかった。だからメインダイニングのディナーってどんな感じだろうとちょっとドキドキ(はらはら)してたんだけどね。なかなかどうして、とても楽しくて味も悪くなかった。
メインダイニングの食事時間は、時間自由のセレブリティセレクトを選択。アプリまたはマイページから自分で毎晩の食事時間を好きな時間に設定できる。これが面倒くさければ1回目6時または2回目8時半を選択すればいいんだけれど、 6時を取るのはかなりの激戦のようだった。8人テーブルを2人のテーブルに変えてと言っても、テーブルに余裕がないからできないと言われたという話も聞いた。

私たちはショーを見てから食事をしたかったので、毎晩8時15分ぐらいを事前に予約しておいた。これぐらいの遅い時間だと席にも余裕があって、同じような場所にいつも通される。大体いつも同じ様な人が周りのテーブルに居て、何回か隣同士または隣の隣になるうちに、だんだん親しくなっていく。
アメリカ人のジョンさんはちょっと年上の雰囲気。アメリカの北のほう出身で今は税金が安いフロリダに住んでいて、数年前に奥さんを亡くしてから一人で旅行しているんだと自己紹介。バーを何カ所かはしごしてから食事に来るんだそうで、だいたい毎晩近くのテーブルにいることが多かった。
ジョンさんが近くに来ると周りのテーブルの人たちが気軽に話しかけて、楽しい温かい雰囲気になる。私たちもがんばって盛り上げましたとも。英語が聞き取りやすい人もいれば、まったく歯が立たない人もいたけどね。「ニュージーランド人の英語はわかりにくいねえ」とジョンさんと笑いあったのもいい思い出だ。 隣のテーブルと会話をするのが苦手なら、ちょっと孤立した席もあるからそこがいいとリクエストするのもいいかもしれない。朝ごはんとかランチならメインダイニングで隣のテーブルと話さなくてもそんなに不自然ではないけれど、ディナーだと注文が終わったとたんに隣のテーブルの人がワーッと話しかけてくる。注文しているやりとりを聞いて、どれぐらい話ができるか確認してるのかな。
■ 有料レストランももちろん楽しめた
今回は乗船前に有料レストラン3回パックを購入。終日航海の夜にとびとびに、イタリアン・フレンチ・ステーキレストランに行けるようにアプリから予約をしておいた。
どこも美味しいに決まっているんだけど、中でも良かったのはイタリアンのRossa。内装はきれいで明るいし、メニューも盛りだくさん。絞り込めないので前菜もプリモもセコンドも2皿ずつ頼んだら、テーブルがいっぱいになって、隣のテーブルのご夫婦に笑われちゃった。でもちゃんと食べたもんね。 Rossaはもう1回行きたいと空きを探してもらったけど、取れなかった。
替わりに2回行ったのがフレンチのムラーノ。フレンチレストランなのにイタリアの村の名前が付いている。それはかつてこの船の最上階に工房があったムラノガラスがレストラン内の装飾に使われているから。1回目はメインにラムラックとダック。2回目は超オススメだというロブスターをフランベしてもらった。 3つ目はステーキハウスの「タスカン・グリル」。 メインダイニングでもけっこう美味しいステーキが出るのに、Gはやっぱりステーキハウスに行きたがる。消化に良いフィレミニオンにしたらと言っているのに、リブアイ12オンス(340g)なんて頼む。
このレストランは船尾にあって、景色がとてもいいんだそうだ。私達が行った時は真っ暗で何も見えなかったけれど。ステーキは夜だとお腹にもたれるから、ランチにに景色見物も兼ねて行くのがいいかも。

スペシャリティレストランでもいろいろな面白い人に出会った。
メインダイニングは行かない。フレンチとイタリアンのスペシャリティダイニングに毎晩交互に来ているから、と言うオーストラリア人のご夫婦。ゴールドコーストで食品関係のビジネスをやっているとかで、見るからにグルメな体型でいらっしゃいました。長生きしてほしいなあ。
2回目のフレンチレストランで隣だったのは、どうやらこの船で知り合ったらしいアメリカ人男性とラテン系な感じの女の人。女の人はあまり英語が得意じゃないらしくて、男性がおーきな声でゆっくりしゃべるので隣のテーブルまで丸聞こえ。食べてない時は手を握り合っているので、なんだか隣に居るのが申し訳ないような気分になった。このカップルはなかなかうまく行ったみたいで、翌日あいかわらずいちゃいちゃしている二人とGがどこかですれ違った時は、男性からウィンクされたそうだ。勝利宣言かな。

5 そして夜は毎晩、ショー+ディナー+音楽のはしご

セレブリティのエンターテイメントはレベルが高くて大好きだ。シアターのショウでは8人のオーケストラバンドをバックに 4人のシンガーが歌い6人のダンサー+4人のアクロバティシャンが踊る。オリジナルのプロダクションショウがとびとびに4回、それ以外の日はいろいろなゲストエンターテイナーが演奏したり、マジックショーをしたり、毎晩楽しめた。
バンドのメンバーも舞台の前の方で、ダンサーやシンガーに混ざってパフォーマンスする演出もあって、一体感があってすごく楽しい。
女性シンガーの一人ホリーちゃんはアメリカンアイドルの4位だったそうで。ちっちゃくってみんなで並ぶと子供みたいに見えちゃうけど、上手だったよ。アメリカン・アイドルはアメリカに居る時に夢中で見ていたので、4位と言われればそのすごさがわかる。だってあのアダム・ランバートを世に送り出した番組だし、ジェニファー・ハドソンは7位だったんだものね。
以前はアクロバティシャンの演技はいかにも取って付けたような感じで、なんだかうるさいなーと思った時もあったけど。今回はしっくり演出に馴染んでた。アクロバティシャンには東欧系、特にウクライナの人が多い。今回はモンゴルの人も。社会的・政治的事情もあるのかな。
ダンサーズは、プロフィールを見る限りみんな20歳前後の若さで元気、元気。特に男の子たちが2人で向かい合ってタップ合戦をやってくれたのがすごく良かった。
毎日のエンターテイメントは、クルーズディレクターのコリーンが盛り上げてくれる。顔もからだも大柄の愛嬌たっぷりの女性で、元ダンサーだったそう。朝のズンバレッスンから夜のDJライブまで、自分で司会して自分で踊る活躍ぶりで大人気。
「レセプションにカリフォルニアの青年医師とのお見合いのご紹介を申し出てくださったお客様がいらっしゃいます。大変ありがたいお話で恐縮ですが…」とある日のシアターで言ってオオウケだった。お客さんの中には、エンターテインメントスタッフを自分の子供か孫のように思えてくる人がいるだろうなというのは納得できる。 ラウンジやフォワイエでもいろいろなバンドが入れ代わり立ち代わり演奏してくれる。いつもお気に入りのバンドを探してあちこちうろうろし、 3日目ぐらいにこのバンドがいいねと決めたらそこばかり行くようになる。今回はこの人たち「ラッキーバンド」!
サックス・キーボード・ドラム・ベースという渋い構成の 4人組みで、モダンジャズ、フュージョン、ファンク、ロック、カントリーまで何でもこなし、しかもみんなそれぞれ歌うのだ。次は何の曲をどうやるのか、見ていて飽きなかった。
船内の紹介ビデオで、自分たちはウクライナから来たこと、本当にラッキーだったからラッキーバンドと名付けたんだと言っていたけれど、どんなラッキーだったのかなあ。聞くのが怖い感じだ。(この時ロシア・ウクライナ戦争5年目)

6 寄港地:ニューカレドニア・フィジー・サモア

■ ニューカレドニア・リフー島
テンダーボートが着く桟橋の右にも左にも小さなビーチがあって、そのままぱちゃぱちゃ泳げてしまう。タオルとクルーズカードだけ持って降りれば、じゅうぶん楽しめる。
私たちは、 「メラネシアン・エンカウンター」という文化体験ツアーに参加。
小型バスで島内をまわり、草で葺いた昔ながらの家を見学し、最後はバナナの葉で包んだ鶏肉や野菜を、焼いた石と一緒に土の中で蒸す伝統料理を体験。バナナの皮の甘いような香りが柔らかくなった肉や野菜にしみこんで、大変美味だった。

ニューカレドニアはフランスの流刑地だったそうで、この島の公用語はフランス語だ。ガイドさんも分かりにくくてごめんなさいと言いながら、強いフランス語なまりの英語を話した。
■ フィジー・ラウトカ 港から無料シャトルで島一番のショッピングセンターへ。アロハシャツのような、ブラシャツを購入。「ブラ」はハワイの「アロハ」のような挨拶の言葉で、フィジーのシャツはブラシャツって言うんだって。
そのままシャトルで帰るのもつまらなかったので、Googleマップを見ながら歩いて船に戻る。気温は30度弱。日差しは強いけれど、東京の真夏のような都市熱ではないので、帽子と冷感手袋と首筋を冷やすタオルがあれば割と気分良く歩けた。
■ フィジー・スバ
フィジーはイギリスの植民地だったけれども、そのイギリスがインド人労働者を大量に送り込んだ土地だそうで。昨日行ったお店もこのマーケットも、2階はインド人向けの衣料や食品がずらりと並んでいた。
港のからすぐのところにマーケットがあると寄港地レクチャーで聞いていたので、何か食べてみたいなと朝ごはん抜きで行ってみたんだけどね。計り売りの野菜や果物と、カチコチに凍った魚しかないので腹ペコのまま船に戻る。
そして港を見下ろしながら、船尾のカフェで朝ごはん。空いてるし風は通るしでとっても気持ちがよかった。
■ サモア・アピア
サモアはこの日のアピアと翌日行くパゴパゴで国が違うという複雑な構成だ。 それはもともと18世紀以降の欧米人の上陸の歴史以降、アメリカ・イギリス・ドイツがそれぞれ領有権を主張したからという歴史があるからだそうで。
歩いてすぐのところにひとり5ドルの有料のビーチがあって、木陰にちょっとしたテーブルや椅子も置いてある。海はものすごく遠浅で、どこまで泳いで行ってもおへそまでの感じ。波も流れもないから安全で安心といえばまあそうかな。
ビーチハウスでは飲み物やスナックを売っていたけれど、船に戻って屋上のサンセットパークでランチ。やっぱり空いていて独占気分。この日も風がよく通って、気持ちがよかった。
このあたりから、サンセットパークが船で一番のお気に入りの場所になっていった。
■ アメリカ領サモア・パゴパゴ
この港には船を降りたところに立派なinfoがあって、地図をくれて色々見どころを教えてくれる。歩いていける距離なら右に行けば博物館とマーケット、左に行けば海洋博物館とビーチ。なので右から左へと全部行ってみることにした。
マーケットの入り口。この日4月17日はこちら側のサモア(東サモア)が1900年にアメリカ領となった記念日なんだと中にいた人に教えてもらう。祝日だったせいかバスやタクシーがつかまりにくくて、遠出をした人たちは帰りの足が見つからなくて大変だったみたい。
前日寄港したサモア(西サモア)は最初はドイツ領で、その後ニュージーランド統治になり、1962年に独立した独立国だそうで。南太平洋の島々は、キャプテンクック以来どこの国の領土になるかでそれぞれ違う歴史を歩んだようだ。日付変更線もそれぞれの国の都合でギザギザだ。
アメリカ領サモアの総督夫人だったJean P. Haydonが開設したサモアの歴史博物館。港から一番近いところにある。
サモアの暮らしや文化を示すカヌーや器、布、装飾品などなど。
面白かったのは宇宙船アポロ関連の展示。アメリカンサモアは、アポロ10、12、13、14、17号の飛行士たちが月からの帰還後最初に踏みしめた陸地だそうで。 帰還した宇宙飛行士たちの写真やアポロ宇宙船の軌跡や、一緒に乗っていたネズミが飼育されていたポットが展示されていた。
ビーチ(無料)はちょっと遠くて港から20分くらい歩いたかな。広い芝生の先の石垣を降りていくと海に入れるようになっていて、地元の子供たちもたくさん遊んでいる。近くを泳いでる子に「魚いるのかな」と聞いたら「いないよ」だって。
前日の独立国の方のサモアのビーチにはちょっと魚がいたけどね。こっちで水中で見つけられるのはアメリカ領らしく、コカコーラの缶だけだった。船から来たらしいアメリカ人のおばちゃんが「ホントにアメリカ人は全く。。。」と言いながら水中の缶を拾っていた。 水だけどシャワーもあって充分楽しめた。
ビーチから元に戻る途中にある海洋センター(Ocean Center)。真ん中に大きな地球儀があって世界中の海流や海水温がデジタル表示され、地球温暖化への問題提起などもされている。面白そうな内容だったんだけど、ビーチで泳いだ後の濡れた体には館内の冷房が強すぎて早々に退散。泳ぐ前に行けばよかったな。

このアメリカン・サモアがこの旅程の5カ所目の最後の寄港地だった。明日からは5日間連続の終日航海をしてホノルルに向かう。

7 終日航海日は、サンセットパーク+時々ウクレレ

赤道をまたいで移動するこのクルーズの日の出はほぼ6時、日の入りはほぼ18時から19時。時計を一時間早くすることが数日置きに4回、同じ日4月17日が2日続くことが1回あった。

最初の10日間で寄港地5か所を巡る。そして11日目からは5日間連続の終日航海日となる。5日も船の上で過ごせるなんて! そんな日々は永遠に続くかと思われたんだけど。。。
■ 午前中は軽く運動して水遊び
部屋のバルコニーで風や波の音を聴きながらストレッチ。ジムはけっこう混むけどここなら独り占め。
揺れて波が立っていたらおお喜びでプールで泳ぐ、というか浮かぶ。波に逆らってもがくと、いい筋トレになると思うんだけどなあ。ならないかなあ。
そして体が冷えたら隣のジャグジーにドボンと入る。私たち日本人でも満足できる温かさで、お風呂代わりに毎日入っていた。
■ 朝とランチはカフェのはしご
ビュッフェ形式の食事はあんまり好きじゃないんだけれど、メインダイニングルームは冷房完備で、行くとなるといろいろ着こまなくてはならないので面倒くさい、、と思うようになってしまった。
その点船のあちこちにあるオープンカフェなら薄着で行けて風が当たって気持ち良い。メニューが足りなければビュッフェから調達して持って行けばいい。
スパカフェ
サンセットパーク
サンセットパークの壁際の船体でがっつり日影になるところ
テーブルと椅子がちょっと高くなっているので見晴らしも良くてお気に入りになった。その前のカバナ風のエリアは早朝からけっこう人が居て、日陰を取るのはなかなか大変。

オープンスペースでは風がビュービュー吹くので、私のくせっ毛は盛り上げたソフトクリームみたいに舞い上がり、メデューサの髪みたいにくちゃくちゃになって広がる。そんな頭では夜に着物が着れないので、昼間はニット帽(コットンだけど)をずっとかぶっているのが日課になった。
■ 毎日午後2時からウクレレ教室
終日航海が続くクルーズでは、いろいろな教室がオープンする。ハワイに向かうこの旅程の目玉はフラダンスとウクレレ。 2人のハワイ在住の先生が48台のウクレレを持って船に乗り込み、寄港がない日は毎日2時からラウンジでレクチャーをしてくれる。
最初は48台のウクレレを3人でシェアするような人気ぶりだったけど、 3回目ぐらいからは一人1台に。何曲も弾けるようになってどんどん楽しくなった。
ウクレレは4弦しかなくて、コードはC・G7・Fを覚えればhappy birthdayとYour are my sunshineが弾ける。もう一つコードを覚えればTiny Bubblesやスタンドバイミーを弾きながら歌うことができる。
みんなが弾けるようになってきたら、フラダンス組が合流。ダンスに合わせて、演奏。 楽しいー。
そして大観衆の中、発表会!
ウクレレ組はこのフラダンス組のうしろで、横一列になって演奏してた。
■ そして夕日と南十字星探し
今回のクルーズではお天気に恵まれ、何回かきれいな夕日を見ることができた。星空観測もバッチリだった。サイクロンの季節の終盤だそうで、航海が始まってしばらくは、ニュージーランドの方に行ったというサイクロンの影響で揺れますよと船長が警告していた。
歩いてると蛇行するぐらい揺れた時もあったけれども、大海原を行くクルーズなんだから、少しぐらいは揺れなくちゃつまんないよね。
赤道付近では太陽はほぼ垂直に登り垂直に沈むので、夕日もあっという間に沈んでしまう。今日は夕日がきれいだろうなと思ったら、早めの時間から待機するのがいい。
せっかく南半球に来たのだから、ぜったい見たい南十字星。どれかなー?
通りがかったオーストラリアの人が、「ワン、ツー、スリーの三番目」と指を指しながら教えてくれたけれどもよくわからない。別の人にどれですか、と聞いたら星座アプリを見せてくれながら、ファンネルの横にあるあれだと思うと丁寧に教えてくれた。英語がオーストラリアっぽくないですねと言ったら「ギリシャから来ました」だって。星座アプリ必携です。そして南十字星は場所によっては歪んだ十字になることも初めて知った。
■ ホノルル到着、そして初めてのロングクルーズ終了
16日目の朝、船はホノルルに到着していた。ホノルルには一泊停泊する。
朝8時半ぐらいからアナウンスが始まり、悪名高きアメリカの入国審査へ。
船最上階のスカイラウンジに入国審査官がずらりと並んでいて順番にその前に立つのだけれども、ちょっとずつしか進まない列がラウンジからはみ出て、ジョギングトラックを1周するくらいずらっと伸びている。 運悪くその日は割といいお天気。船のクルーがせっせと日除けの傘や冷たい水を配ってくれた。
並びはじめてから45分くらいで審査を終えることができた。さてホノルルにお出かけだ。
ウーバーで港からハワイ最大のビショップ博物館へ。ここは乗船した初日にランチで同席したアメリカ人が教えてくれたところ。何も調べずに来て入場料が高いのにびっくりしたけれど、今さら引き返すわけにもいかず。日本語のパンフレットや日本人ガイドさんの説明があると聞いて思い切って入場。
ハワイの自然、文化、歴史の展示がとても充実。1898年に建造のこの博物館のメインホールには、本物のマッコウクジラの骨格がまるで泳いでいるみたいに浮かんでいる。
1779年にキャプテンクックに送られた特別なマント。一羽の鳥から数本しか取れない赤い羽根と黄色い羽根が何万本も植えられている貴重なもので、2016年にやっとニュージーランドから戻ってきたそうだ。
王族が使用していたマントや王冠、のちに着用するようになった軍服の展示も充実。 ガイドさんがものすごく早口で、ハワイの王様達が欧米の列強とどう折り合い、自分たちの伝統を守ろうとしたか、を説明してくれた。
予定の一時間ではとても語り切れない歴史の複雑さとハワイの文化への想いが伝わってきて、こちらも胸がいっぱいになった。
今まで訪れた南太平洋の島々と同じ事情で歴史なんだなあ。今だってほかの地域で変わらないことが起こっている。人間てどうしてこう、進出・侵略したがるんだろうか。
最後の夜のショーは、地元の楽団によるポリネシア民族舞踊。ニュージーランドからタヒチ・フィジー・サモア・ハワイと、それぞれの踊りの違いを説明してくれながら、衣装を変えて音楽を変えて次々と歌って踊ってくれた。

この後大急ぎでディナーを食べてみんなと別れの挨拶をし、チップを渡して荷造りに部屋にかけ戻る。もっとゆっくりしたかったけど、部屋係のPutu君が夕方「今夜は何時に荷物を出すかな?」と聞いてきた時のすがるような目が忘れられず。。。
今までの1週間のクルーズの倍以上の16泊も乗っていると、船を降りるのが寂しいというより、十分楽しんだという満足感が沸いてくるんだなあというのも新しい発見だった。

8 乗船地シドニーも、とても楽しめた

到着の日、飛行機の機内から早朝のシドニーを見る。複雑に入り組んだ入り江に沿って、高層ビルが立ち並んでいる。ハーバーブリッジのすぐ右にディスカバリー・プリンセス。ちょっと離れた別の港にはカーニバル・アドベンチャーが停泊中。
ホテルはピアワン・シドニーハーバー(Pier One Sydney Harbour)。100年ほど前の埠頭とその上の倉庫を改装して作ったホテルで、今のクルーズ港にとても近い。もっと近いのはパークハイアットホテルだけど、予算の関係でこっちになった。
ホテルの客室はいかにも倉庫を改良したという作り。バルコニーなんてないけどまあしょうがない。全室バスタブ装備ではないけれど、リクエストベースで受け付けてくれる。
着いたのは朝だったので、さっそくサーキュラーキーに行く。そして遅めの朝ごはん。目の前に停泊していたのはディスカバリー・プリンセス。この日の夜出港して26日間をかけて、ニュージーランド・タヒチ・ホノルル経由ロサンゼルスへ。明後日出発する私たちのソルちゃんより10日も長い旅程だ。ちょっと羨ましいぞ。
シドニーハーバーの歴史的建物群は、夜はライトアップされてすごくきれい。オペラハウスの向こうに花火が上がったりした。
翌日はシドニー博物館へ。なんと入場無料。日本語案内もちゃんとある。
敷地はもともとオーストラリアの初代総督官邸だったそうで、オーストラリアの歴史は、何千年にもわたってアボリジニが作ったものだと伝えている。そして、1788年以降のイギリスの流刑地となった植民地化の歴史は、原住民にどのような影響を与えたか、という考察がよくわかるようになっている。
アボリジニの中から特別に英語やイギリス文化を学ばされ、イギリスにも送られたベネロングという人を紹介している映像が流れる小部屋には、人がぎっちり集まって真剣に見入っているのが印象的だった。
その人BennelongのWikipediaの記事は>>こちら
今のシドニーは気候が良くて街はきれいで、とても過ごしやすい。その夜に一緒に食事したGの友人の日本人男性も、オーストラリアでの仕事のしやすさ、暮らしやすさを満喫している様子だった。
たった2泊の滞在で港地区しか行っていないけれど、200年ほど前にイギリスから送られてきた囚人たちが作った石造りの建物と、近年の発展で建てられた高層ビルが混在する町並みを、とても気に入った。
そして何より、気候が良かった。夏の終わりのシドニーは、気温は26~27度くらいで毎日快晴。そして湿度が低くてカラッとしている。日なたは陽差しが強ういけれど、日陰は風が通って涼しい。
日本の猛暑を脱出して行く場所の候補に、シドニーも加わったのは言うまでもない。

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